「獺祭エタノール」がSNS上で大きな注目を集めている。日本酒「獺祭」で知られる旭酒造(山口県岩国市)が製造・販売するエタノール消毒液で、日本酒のような華やかな香りやさらりとした手触りが好評だ。
新型コロナウイルス感染症が拡大し始めたころ、市場から消毒液が一時不足したことを受けて、多くの酒造が代用品となる消毒用エタノールを製造した。旭酒造もそうした酒造の一つだ。
ただ、旭酒造の代表取締役社長・桜井一宏さんはJ-CASTニュースの取材に、消毒液の製造・販売は赤字だと明かす。では、なぜ「獺祭エタノール」を製造し続けているのだろうか。
「形はどうあれ酒米を買い支えていきたい」
コロナ禍は日本酒業界に大きな打撃を与えた。桜井さんによると旭酒造の清酒の販売量は20年の5月ごろに前年比の4割ほどにまで落ち込み、免税店での販売に至っては1割にも届かなかったという。
旭酒造に限らず多くの酒造が製造量を減らす中で、必然的に影響を受けるのが原料となる酒米だ。
「私たちは例年と同じ量の酒米を購入させていただきましたが、業界全体ではそうもいかないと思います。生産者に対するダメージは大きい。
私たちは、形はどうあれ酒米を買い支えていきたい。そのためにできることなら何でもやりたい。獺祭の酒米である山田錦を食用米として販売することもありました。その流れの中で開発したのが『獺祭エタノール』でした」
旭酒造は、獺祭の原料となる酒米・山田錦を用いたエタノール消毒液を開発した。一部の客からは「お酒を造るための米をエタノールに使うとはどういうことだ」という声も寄せられたそうだが、旭酒造は「日本酒を楽しめる社会の安定を守ることにもつながる」と決意した。農家とも相談し、酒米を消毒液の製造に使うことについて承諾も得ているという。
「農家さんを支えたい」赤字でも販売
山田錦から作られたエタノール消毒液は現在、「手指消毒用 獺祭エタノール 750ml」という名で販売されている。公式オンラインストアでの値段は1650円(税込み)だ。
1本750ミリリットルには、約3キログラムの玄米が使われている。従来の獺祭の磨き二割三分(720ミリリットル)に用いられる玄米は約1.6キロなので、ほとんど2倍の量だ。さらに獺祭で用いられる山田錦は、「酒米の帝王」の異名を持つ高級ブランド米。そのため獺祭エタノールは、赤字で販売されているのだという。
「エタノールのみを作ると割り切るならば、食用米の何倍も高い山田錦を用いず普通の米を使う手もあります。そもそも米を使う必要もありません。ですが、私たちはやはり農家さんを支えたい。
なおかつエタノールとして手に取ってもらえるものでなくてはいけないので、価格も大事。赤字とはいえ我慢できる赤字になるような値段設定にしております。そこが一番大変な部分でしたね」
旭酒造は獺祭エタノールを20年6月下旬から販売している。発売した月は4000本ほど売れたが、徐々に売れ行きは下降していった。しかし21年8月下旬ごろから、再び獺祭エタノールの注文数が伸び始めた。日本酒を好むライターがツイッター上で紹介したことをきっかけに、SNS上の注目が集まったのだ。
桜井さんは、こうした反響に驚きつつも喜びを露わにする。
「びっくりしましたし嬉しいですね。最初はエタノールの注文がちょっと上がったなあというくらいの感じで、気づいていませんでした。しかしうちの社員から『SNSで取り上げてくれた人がいて話題になっているよ』聞いて拝見しました。
香りについては、つけようとしていたわけではありませんでした。農家さんを助けるために山田錦を用いた結果、いい香りになったのです。改めて山田錦の良さを実感し、嬉しく思いました」
桜井さんは、消毒液をきっかけに山田錦や生産農家に思いをはせてもらえることにも手ごたえを感じていると話した。
「日本酒」を売らねばならない
このように旭酒造が獺祭エタノールを販売するのは、酒米・山田錦を残すため。桜井さんは「清酒の製造量が落ち込んでいることについては、私たち酒造が販売努力をしていかなければ」と意気込む。
「コロナによって自分たちの弱みも見えてきました。日本酒がコロナで厳しかったことのひとつに業務用の比重が大きかったことがあります。さらに他のアルコールと比べて『家飲み』に適応できなかったことがあると思います」
桜井さんによれば、旭酒造では7割ほどの清酒を飲酒店などに業務用として販売していたという。しかし緊急事態宣言の影響で、飲食店でアルコールを提供できない状況が続き業務用清酒の売り上げは厳しくなっている。
桜井さんは、消費者が何を望んでいるか改めて見直していくとしている。
「コロナ禍によって飲食店でも、家飲みでもみんなで楽しみながら飲むという場面は減っていると思います。しかしお酒を飲む階数が減った分、一回一回が大切な場面になってくると思います。そこに応えるお酒を造っていく。もしかしたら1年に1回しか楽しく飲むようなことができなくなってしまっても、『やっぱり獺祭っておいしいな』って思ってもらえるよう、よりおいしいものを作っていく。
私たちのお酒を求めるお客さんは、どのようにお酒を楽しみたいのか。お客さんを見ながら、品質を含めもう一回全部、考えていきます。そのためにあらゆるリソースをつぎ込んでいます」
(J-CASTニュース編集部 瀧川響子)