「残り3年は菅内閣で」は「それはまたちょっと違う」
―― 安倍前首相が元々持っていた任期が9月に終わるということで、フェーズが変わってくるわけですね。
高市: これからまた3年総裁としてやっていただく方を選ぶということになれば、私は安倍総理にもう1回立ってほしかった。それでずっと今年、年明けてから、主に2月3月に集中的に通い詰め、今まで官邸周辺にあまりおられなかった新しいブレーンになりそうな経済の専門家、起業人などと一緒にお訪ねして勉強会を積み重ねていきました。「再登板してくださるんだったら、アベノミクスのバージョンアップ版で、今の傷んだ日本経済を立て直してほしい」、そういう強い思いで政策作りを一生懸命やってきました。何度(出馬の意思を)聞いても「菅さんに悪いから出ない」って言うし、でも誰も出なかったら総裁選もないし、「残り3年は菅内閣で」ということになるので、それはまたちょっと違うといいますか...。
―― 「Hanada」によると、7月下旬に「そこで(出馬要請を)きっぱり断られたので、『そんなんやったら、私、出たるからな』と安倍さんに言うたんです」ということなんですね。
高市: それまで私ももう一度、安倍総理が次の3年をやってくださると思って、しかも安倍内閣の積み残しは絶対やるべきだと私は思っていたので、一生懸命お願いしてきたんです。具体的に言えば、まず物価安定目標は2%を達成していないじゃないですか。はっきり言って財政当局がプライマリーバランス(PB)にこだわりすぎて、機動的な財政出動が十分にできなかったんですね。非常に大きなやり残しです。
2つ目として憲法改正もありますが、内閣総理大臣は、あまり憲法についてものを言えない。自民党総裁としてならいいのですが、これは国会が発議するものですから...。これは安倍総理の責任ではなく、国会でほとんど憲法審査会が開かれないという、国会側の事情です。
3つ目のやり残しとしては、やっぱり危機管理、リスクの最小化に係るさまざまな政策が、すぐ取り掛からないといけないことができていない、ということなんですね。それをどうしても安倍総理にやって欲しかったです。
だから、1個目の2%については、これはずっと2月から安倍総理と一緒にいろんな方を交えて勉強会してきて、だいたい私なりに書き上げたものがあります。そのごく一部は、文藝春秋に書かせていただきました。