「なお納得できないなら、権利ですから控訴すればいいと思います」
松永さんはこの判決前、8月5日のブログで「一審の判決が出たら、もう辞めにしませんか。こんな何も生み出さない無益な争い、もう辞めませんか」と問いかけるように書いた。実際に判決が出た今、飯塚被告に何を思ったのか。
まず「大前提として法治国家ですから、加害者が無罪を主張する権利も、控訴の権利も、三審制も全て私は尊重しています。とても大事なことだと思います。特に交通(事故)はいつ誰もが加害者になり得ること。主張することが許されないのは怖い」と語りつつ、「ただ」としてこう続けた。
「加害者のことは、これだけの証拠がある中で、自分の過失を頑なに認めなかったのは、どうなのかなと思います。裁判官も仰っていましたが、判決に納得できるなら、罪を認めた上で心からの謝罪をしてほしいなと思います。これだけの証拠と判決を聞いて、なお納得できないなら、権利ですから控訴すればいいと思います。
ただ、心情的に私は(もう裁判を)したくない。なぜなら、人と争い続ける私は、2人が愛してくれた私ではないからです。本心を言えば、もう争いを続けたくないと思ってしまうんです。あとは被告人が決めることです。私には何もできません」
事故発生から2年以上。ここまで抱いてきた感情を「悲しみと苦しみと絶望と、死んだ方がいいという気持ちから始まって、多くの人に支えられながら、何とか生きようとしました。2人の命と私自身が向き合いながら、苦悩と格闘の中で生きていました。これが今日で終わるかと言ったら終わりません。絶対に悲しみと苦しみが襲ってくるタイミングは、この先もあります。事故当日の感情の波は、時間とともに少しずつ穏やかになっていると思います。ただ一生続くだろうなと感じます」と振り返った。激動を経て迎えたこの日の判決は「間違いなく1つの区切りにはなった」という。
事故後は一般社団法人「関東交通犯罪遺族の会(あいの会)」に入り、交通事故撲滅のための活動をしてきた。それが「2人の命を無駄にしないこと」だと思ったから。今後に向け「交通事故を防ぐには、まず人が運転していることなので人の意識にはたらきかけること。もう1つはハード面で、法制度や車の技術、地方の交通環境。これらを同時にやっていかないと事故は防げないと思っています」として、講演や国・自動車メーカーとの話し合いなどの活動をしていく意思を示した松永さん。「それで交通事故が1つでも防げるのであれば、私は2人に胸を張って、いつか天国で会えたら『2人の命は無駄にしなかったよ』と言えます」と話していた。
(J-CASTニュース編集部 青木正典)