自国民を脱出させるためのトルコ外務省の取り組みの一環
トルコ国営放送のTRTがウェブサイトで報じたところによると、今回のフライトは、自国民を脱出させるためのトルコ外務省の取り組みの一環。乗客324人を乗せてイスタンブールに戻った。TRTによると、乗客はイスタンブール到着後に取材に応じている。カブール大学で訪問講師をしているという乗客は、
「壁を突破して国外に行こうとする人々がいた。彼らは滑走路エリアで座り込んで、数時間の遅れが出た。その様子を見ていたが、自分が乗った飛行機の周辺には、そういった人々はいなかった」
と証言。建設現場で働いていたという乗客は、
「飛行機が離陸しようとしたとき、空港の混乱で、滑走路からエプロンに戻った」
「アフガン人は米国の貨物機に近づいたが、こちらには来なかった。トルコ軍が予防策を講じていたからだ。快適に搭乗できた」
などと話したという。
イスタンブール行きのTK707便がカブールを出発する定刻は12時45分。15時過ぎには飛行機は動き出して滑走路に向かったが、16時50分頃に駐機場に戻った。乗客が証言していた「空港の混乱」が原因だとみられる。再び動き出したのは17時35分。同48分に空港を離陸し、イスタンブール空港に22時48分に着陸。ゲートに到着したのは、定刻よりも4時間40分ほど遅い22時57分のことだった。
ターキッシュ・エアラインズは14年まで「トルコ航空」と呼ばれていた。トルコ航空をめぐっては、イラン・イラク戦争中の救援機をめぐるエピソードが有名だ。1985年に日本人がイランのテヘランに取り残された際、自衛隊機や日本航空(JAL)機が、様々な制約を理由に救援機を運航できずにいる中、トルコ航空が代わりに運航して日本人を輸送したという話だ。1890年に和歌山県串本町沖で起きたトルコ軍艦「エルトゥールル号」の遭難事故で、地元住民が乗組員の救助に尽力したことの恩返しだとして話題になった。後に、この2つのエピソードは「海難1890」(2015年公開)として映画化もされている。
今回のアフガンへのフライトを知り、両国のエピソードを思い出す人も散見される。例えば自民党の佐藤正久参院議員はツイッターに
「トルコ航空は、こう言う時には頼りになる。感謝」
と書き込んでいる。
(J-CASTニュース編集部 工藤博司)