韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は2021年8月15日、日本による朝鮮半島統治からの解放を祝う「光復節」の式典で演説した。22年5月に大統領としての任期満了を迎える文氏にとって、最後の8月15日の演説だ。
20年の8・15演説では対日批判を抑えた文氏だが、21年の演説では、今後の日韓関係に関する言及が大幅に減少。任期中の事態進展が限りなく難しくなったことを反映したとの見方も出ている。
「両国間の懸案」の具体的内容には触れず、抽象的な記述に
文氏の20年の演説では、韓国大法院(最高裁)が日本企業に対して元徴用工らへの賠償を命じる判決を下した問題に触れ、
「政府は司法府の判決を尊重し、被害者が同意できる円満な解決策について日本政府と協議してきており、協議の門戸は今も大きく開かれている」
などと協議を呼びかけていた。その後、東京五輪の開会式を機に訪日して首脳会談を行い、時代の打開を図ろうと日韓間の調整が行われたものの、結局は実現しなかった。
21年の演説では、「対話の門戸を常に開いている」と、問題解決の前向きな姿勢を引き続き示したものの、「両国間の懸案」の具体的内容には触れず、抽象的な記述になった。
「韓日両国は、国交正常化以降、長年にわたり民主主義と市場経済という共通の価値に基づいて、分業と協力による経済成長を共に成し遂げてきた。それが、今後とも両国が共に進んでゆくべき道だ。韓国政府は両国間の懸案はもとより、コロナ禍や気候危機など、全世界が直面した脅威に共同対応するための対話の門戸を常に開いている。正すべき歴史問題については、国際社会の普遍的な価値と基準に沿った行動と実践をもって解決していく所存だ」
青瓦台(大統領府)がウェブサイトに掲載に掲載した21年の演説の日本語版の字数は7465文字。その多くが1945年以降の韓国の発展ぶりや、政権が挙げた成果に関する内容で、日韓関係の現状認識や今後の日韓関係について触れた部分は、265文字に過ぎなかった。20年の演説では、5850文字のうち509文字が最近の日韓関係に割かれていた。
日韓関係は「手を出せば出すほど問題がさらに大きくなる、やっかいなものの塊」
8月16日の韓国各紙の社説では、文氏が演説で新たな提案をしなかったことと、菅義偉首相が全国戦没者追悼式の式辞で、安倍晋三前首相の式辞を踏襲する形で、アジア各国への加害責任に言及せず、「積極的平和主義」の文言を使ったことを並列して論じた社が多かった。
東亜日報は、両者のスピーチが「お互いの期待を完全に折りたたんだような雰囲気」だとして、もはや手がつけられないレベルにこじれたことを嘆いた。
「韓日関係はもはや、手を出せば出すほど問題がさらに大きくなる、やっかいなものの塊になってしまったようだ。文氏も菅氏も、迫る選挙と国内政治の論理に埋没したまま、手を引いたようだ」
さらに「両首脳に残された時間は多くない」として、「実質的外交」を再スタートさせるように求めた。
左派のハンギョレ新聞は、文氏の演説で新たな提案がなかった原因を
「複雑に絡み合った韓日関係の膠着状態を任期中に解くのは実質的に難しいと判断したためとみられる」
と指摘し、日本側の式辞には「失望させられた」。このままの態度を続ければ「日本はもはや未来指向的な韓日関係を言う資格がない」と非難した。
朝鮮日報は日韓関係をスルー、ワクチン発言を取り上げる
中央日報は、やや違った角度で論じている。同紙は、演説の
「民主主義と市場経済という共通の価値に基づいて、分業と協力による経済成長を共に成し遂げてきた」
という部分を評価し、
「問題は、なぜこのような当たり前の認識の発言が出てくるまでに4年以上の時間がかかったのか、という点にある」
とも言及。さらに
「過去4年間の強硬一辺倒の対日政策で成し遂げた成果は皆無といっても過言ではない」
として、日本との関係改善を急ぐように求めた。
「(今回の演説の表現が)過去4年間の経験の厳しい評価を受け入れたことによるものであれば、残るは実践と行動だ」
朝鮮日報も演説を取り上げたが、日韓関係とは関係ないワクチンに関する部分だ。具体的には
「コロナ禍についても、他の先進各国に先駆け、安定的に危機を乗り越えている」
「ワクチン接種も目標値に近づいております」
という部分で、ワクチンの調達が進まないことについて、文氏の認識を批判する内容だ。同紙としては、日韓関係よりもワクチンの方が優先順位が高かったことになる。
(J-CASTニュース編集部 工藤博司)