手足3本失った男がYouTubeで与える「勇気」 開設から1年、彼はなぜ発信を続けるのか

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   20歳の時、電車にひかれて手足を3本失った。右腕、右足、左足。「毎日死にたいと思っていた」。突然の事故を受け入れられなかった。それから9年。29歳になった男性は今、10万人を超えるファンをYouTubeで抱えている。

   「僕の姿を見た誰かを勇気づけたい」。その男性、山田千紘さんは真っ直ぐな目で訴える。YouTubeチャンネル開設から、2021年7月24日でちょうど1年。苦しみも喜びも経て、今は前しか見ていない。彼は何に気づき、何を得たのか。激動の1年と未来を聞く。

  • インタビューに応じた山田千紘さん
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「何もできない人間」だと思われたくなかった

   「山田千紘の! ちーチャンネル!」。山田さんのYouTube動画はいつもハイテンションな掛け声で始まる。義足での坂道・階段の上り下りから、料理風景、起床から出かけるまでのモーニングルーティン、爪の切り方に至るまで、さまざまな角度から「日常」を伝えている。

「僕が第三者だったら、僕の何が気になるか。コメント欄で頂いた声も参考にしながら動画の内容を決めています。僕の場合、日常生活の過ごし方1つとっても、皆さんが気になることは多いと思うんですよ。義手や義足の情報も気になるでしょうし、発信することで手足がない人の力になれるかもしれない」

   時にはゲストとのコラボ企画もある。さらには、事故のショックから立ち直れた秘訣、そして事故が起きた日のことまで、赤裸々に語ってきた。

   9年前、意識が戻った時には病院のベッドにいた。当時大学を中退し、ケーブルテレビ局に就職していた。20歳だった2012年7月24日のこと。仕事帰りに先輩の誘いで食事に行き、終電近くの電車で帰ろうとした。それが、両手両足があった頃の最後の記憶。警察や病院関係者に聞いた話では、疲れて寝過ごし、着いた駅で一度ホームに降りた。そして次の電車が来た時、足を踏み外して線路に落ちた。搬送先の病院で、左腕以外の手足3本を切断した。

「10日間くらい意識不明だったんですけど、病院で意識が戻った時には手足がない現実を受け入れられませんでした。それでいて僕は外面がいいので、人前では笑顔でいたんですよ。事故の直後から昼間はずっと『元気』でした。でも夜になると眠れない。毎日『死にたい』という感情と涙ばかりでした」

   入院中、看護師がご飯を食べさせてくれようとするが、いつも拒否した。「俺が自力で食えないって誰が言ったんだよ。何もしないでくれ」と心の中でつぶやいた。本当は感謝しているのに、いろいろな葛藤がそこにはあった。だから左手で箸やペンの練習を始めてみた。

「プライドですね。『何もできない人間』だと思われたくなかった。このままだと何もできない人間になるという『絵』が想像できちゃった。病院で身の回りのことを人に全部やってもらったら、10年後、20年後もそのままじゃないか。だったら殺してくれよ。そういう感じでした。僕にとっては、左手でやるしかなかったんです」
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