開会式を2021年7月23日に控える東京五輪は、かつてなく国民の期待度が低い状態で始まることになりそうだ。
東京五輪をめぐっては、メインスタジアムにあたる国立競技場の建て替え問題に始まり、大会エンブレムの盗用疑惑、日本オリンピック委員会(JOC)と大会組織委のトップ交代など、コロナ禍による大会延期以外でも、多数のトラブルに見舞われながら準備が進められてきた。
国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長は21年7月に組織委を訪問し、「ここまで準備の整った大会はない、というものを準備いただいた」などとあいさつしている。開催決定から「準備が整う」までの8年間の迷走ぶりを、改めて振り返ってみた。
いまだに尾を引く「アンダー・コントロール」発言
2020年夏の五輪の開催地が東京に決まったのは13年9月に開かれたIOCの総会。この時点で、すでに火種はくすぶっていた。
安倍晋三首相(当時)は、決定に先立つプレゼンテーションで、原発事故後の状況について「アンダー・コントロール」(制御されている)だと保証する、と発言。原発敷地内に増え続ける汚染水の状況を踏まえると、発言は実情とはかけ離れているとの批判が相次いだ。21年4月、政府は汚染水を処理した水を海洋放出することを決定。漁業関係者や近隣諸国からの批判が続く中での開幕だ。
2013年9月の国際オリンピック委員会(IOC)総会で2020年大会の開催が東京に決定。決定に先立つプレゼンテーションで安倍晋三首相(当時)が原発事故の状況を「アンダー・コントロール」と表現したことが尾を引いた(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)
次に噴出したのは、メインスタジアムにあたる国立競技場の建て替え問題だ。12年11月、新たな国立競技場のデザイン案にコンペでザハ・ハディド氏の案が採用された。流線型の独特なデザインが注目されたが、工期の長さや総工費の高さが問題になった。
15年5月に開閉式屋根の設置を五輪後に先送りしたり、8万席のうち1万5000席程度を仮設にした上で五輪後に撤去したりするコスト削減案が提案され、予定通り10月着工を目指すことが確認された。だが、7月になって安倍氏がハディド案の白紙撤回を表明。再コンペが行われ、大成建設・梓設計・隈研吾氏らによる案が採用され、16年12月に着工、19年11月に竣工した。
屋根は観客席の上部のみに設置され、開閉式屋根の設置は見送られた。この対応で観客の暑さ対策上問題があるとの指摘も出たが、首都圏などでは無観客開催が決まったため、結果的には杞憂(きゆう)に終わった。
「暑さ対策」をめぐっては、IOCが19年10月、IOCがマラソンと競歩の会場を札幌市に移す案を発表。11月に移転が「本決まり」となり、東京都の小池百合子知事を「合意なき決定」と怒らせた。ただ、晴天時は札幌でも30度を越えることがある。暑さ対策は、沿道で観戦する人の「密」対策に並ぶ課題として残った。
大会エンブレム、「トートバッグ」騒動で外堀埋まる
2012年11月には新国立競技場のデザインにザハ・ハディド氏の案が採用されたが、15年7月に安倍晋三首相(当時)が白紙撤回した(提供:Zaha Hadid Architects/EyePress/Newscom/アフロ)
大会エンブレム盗用騒動もあった。15年7月、クリエイティブディレクターの佐野研二郎氏のデザインが大会の公式エンブレムに選ばれたが、直後にベルギーのリエージュ劇場のロゴのデザインに酷似しているとの指摘が出た。
佐野氏はベルギーの劇場ロゴを制作時に参考にしたことはないとして、記者会見で「アートディレクター、デザイナーとして、ものをパクったことは一切ない」などと反論した。だが、佐野氏がデザインし、サントリーがプレゼント企画で配布していたトートバッグにも盗用の疑惑が噴出。サントリーはバッグの配布を中止し、佐野氏の事務所はウェブサイトで、スタッフが他人のデザインをトレースしていたとして謝罪した。
この件以外にも様々な盗用疑惑が指摘されて外堀を埋められた形になり、組織委は9月に佐野氏デザインのエンブレムの使用中止を発表。エンブレムの選考をやり直し、野老朝雄氏デザインの採用が決まったのは、16年4月のことだった。
トップをめぐる不祥事も目立った。仏捜査当局が18年12月、東京五輪招致をめぐる贈収賄の容疑で、竹田恒和・日本オリンピック委員会(JOC)会長を容疑者とする捜査を開始。竹田氏は19年1月に記者会見して汚職を否定したが、記者からの質問を受けず、会見は7分で終了。疑念が晴れないまま、竹田氏は3月、同年6月の任期満了でJOC会長を退任する意向を表明した。
21年2月には、組織委会長だった森喜朗氏が「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと発言したことが「女性蔑視」だとして問題化。釈明会見では辞任を否定する一方で、記者の質問を「面白おかしくしたいから聞いているんだろ?」などと批判したことで世論の反発が強まった。
会見の8日後、2月12日に森氏は辞任を表明。森氏は川淵三郎氏を事実上指名し、川淵氏も一度は受け入れた。だが、「密室人事」の批判が強まると、川淵氏は一転して辞退した。組織委が検討委員会を立ち上げて選考し、橋本聖子現会長が就任した。
開閉会式演出でもゴタゴタ相次ぐ
開幕直前まで続いたのが、開閉会式をめぐるトラブルだ。
元々開閉会式の演出は、能楽師の野村萬斎氏を総合統括とし、クリエイティブディレクターの佐々木宏氏や映画監督の山崎貴氏ら7人の演出企画チームが担う予定だった。だが、20年12月にチームは解散が発表され、佐々木氏が総合統括に起用された。大会延期に伴う演出の簡素化や効率化が理由だとされたが、7人の間の確執も指摘されていた。
その佐々木氏をめぐるスキャンダルが21年3月、週刊文春に報じられて発覚。佐々木氏が、タレントの渡辺直美さんをブタとして演じさせる演出プランを提案していたことが、容姿を侮辱するものだとして問題化。辞任に追い込まれた。
問題となった提案はLINEグループへの投稿で行われ、渡辺さんについて、ブタやブタの鼻の絵文字を使って「オリンピッグ」と表現していた。この投稿は20年3月のもので、直後に演出チーム内から批判を受けて撤回に追い込まれた。にもかかわらず、その1年後に問題が大きく報じられたことの背景に、組織委や演出チームをめぐる権力闘争を疑う声も出た。
21年4月には、やはり文春が内部資料をもとに開会式の演出案を報じた。組織委は著作権侵害を理由に掲載誌の回収や資料の破棄を要求。ここでも批判を浴びた。
7月14日、組織委は開会式の楽曲を小山田圭吾氏が担当することを発表。直後に、小山田氏が小学校から高校時代に障害者とみられる同級生2人をいじめていたことを語るインタビュー記事の存在が注目を集めた。インタビューが掲載されたのは94年と95年に発行された雑誌で、25年ほど前の告白だ。だが、インタビューで自慢げに手口を紹介したことから、15日には「いじめ自慢」という単語がツイッターの「トレンド」入り。批判が加速したことを受け、小山田氏は16日にツイッターで謝罪文を公開した。組織委は小山田氏の続投に理解を求めたが批判は収まらず、小山田氏は19日に辞任を表明。組織委は開会式に小山田氏の楽曲を使わないことを決めた。
開会式前日にも「解任劇」
7月21日には、開閉会式のディレクターを務めるコメディアン、小林賢太郎氏の過去のパフォーマンスが問題化した。お笑いコンビ「ラーメンズ」として活動していた1998年のコントで、ユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)をパロディーにする形で「ユダヤ人大量惨殺ごっこ」と発言し、その動画が拡散されていた。
この事実を、イスラエルに近いことで知られる中山泰秀防衛副大臣がユダヤ系人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」(SWC)に通報し、SWCは22日未明(日本時間)声明を発表。声明では、エイブラハム・クーパー副所長が
「たとえどんなにクリエイティブな人であっても、ナチスによる大虐殺の犠牲者をあざ笑う権利はない。ナチス政権は、障害を持つドイツ人にもガスを浴びせて殺害した。いかなる形でも、この人物を東京五輪に関係させることは、600万人のユダヤ人の記憶を侮辱し、パラリンピックを残酷に嘲笑することになるだろう」
などと小林氏を非難し、更迭を要求した。組織委は22日午前、小林氏の解任を発表した。
(J-CASTニュース編集部 工藤博司)