「CD全部捨てた」
「作品に罪はない」
東京五輪・パラリンピック開会式の楽曲担当を任されるも、辞意を表明した小山田圭吾氏(52)の「いじめインタビュー問題」をめぐり、ツイッター上ではこんな書き込みがみられている。
ロックバンド「フリッパーズ・ギター」のメンバーとして一時代を築き、ソロ活動「コーネリアス」が世界的な人気を獲得してきた小山田氏。その音楽性やカリスマ性にとりつかれたファンも少なくない。
音楽か、人格か――。ファンの思いは揺れている。
当初は「渋谷系オリンピック」と指摘も...
小山田氏は1989年、小沢健二さんらとバンド「フリッパーズ・ギター」でデビュー。90年には、ドラマ主題歌にも起用された「恋とマシンガン」がヒットした。91年にバンドを解散し、94年からはソロユニット「コーネリアス」で活動を続けている。
近年、『渋谷音楽図鑑』(17年、太田出版)、『渋谷系狂騒曲 街角から生まれたオルタナティヴ・カルチャー』(21年、リット〜ミュージック)といった書籍が出版されるなど、音楽業界では「渋谷系」という言葉が注目を集めている。
渋谷系は90年代に東京・渋谷を中心に流行したジャンル。都会的で、おしゃれな雰囲気を持った楽曲が特徴だ。小山田氏がメインボーカルを務めていたフリッパーズ・ギターはその中心格。キュートなルックスとポップなサウンドが支持を集め、小山田氏もアイドル的な人気を誇った。
渋谷系の再評価が進んでいた中、21年7月14日夜に発表された小山田氏の五輪起用。発表直後、一部ツイッターユーザーの間では「渋谷系オリンピック」だと話題になった。
しかし、同時に小山田氏の過去の「いじめ問題」が俎上にのる。雑誌「ROCKIN'ON JAPAN 94年1月号」(ロッキング・オン)、「クイック・ジャパン 95年8月号」(太田出版)の記事で、障害のある同級生に対する、苛烈ないじめの過去を明かしていた、というものだ。
「人格」と「作品」は別物か...
雑誌の内容を知ったツイッターユーザーからは「吐きそうになるほど酷い」「怒りがおさまらない」「こんなのオリパラの作曲させるのか...」と批判の声が集まった。
ツイッター上の音楽ファンの間でも、こんな声が聞かれた。
「フリッパーズもコーネリアスもCD全部捨てた」
「(雑誌特集を後年知り)あんな人間の作った音楽を少しでも良いと思ってしまった自分を恥じました。あそこまでいくと、音楽と人格を分けて考えることはできない」
ただ、音楽ファンの中には複雑な思いを抱く人もいたようだ。
「過去に何があろうとも、コーネリアスの音楽性は素晴らしい」
「フリッパーズギターもコーネリアスも好きだよ。その人の人格と仕事(功績)は別物」
「作品に罪はない」
当時、一連の記事が雑誌に掲載された後も、小山田氏はコーネリアス名義で活動を継続。グラストンベリー・フェスティバル(イギリス)、コーチェラ・フェスティバル(アメリカ)といった海外の著名な音楽フェスに出演し、世界的にも高い音楽評価を獲得した。
近年はNHKEテレの教育番組「デザインあ」シリーズ(2011~)、テレビ東京のドラマ「サ道」シリーズ(2019、2021)で楽曲を手掛けるなど、お茶の間でも存在感を放っていた。
当時の雑誌記事は、今回の小山田氏の起用以前から、インターネット上の音楽ファンには知られた存在だった。ただ、今回のように表立って問題視されることはなかった。
謝罪にバンドメンバーは「偉いよ小山田くん。受け止める」
批判の声がやまない中、小山田氏は16日にコーネリアスの公式ツイッターを更新。一連の雑誌については「事実と異なる内容も多く記載されている」としつつ、「(一連の発言や行為を)反省することなく語っていたことは事実」「(いじめを行った本人に)受け入れてもらえるのであれば、直接謝罪をしたい」などと語った。
小山田氏は「私が傷付けてしまったクラスメイトご本人へはもちろんのこと、長年の私の不誠実な態度により、不信感や不快感を与えてきてしまったファンの皆様や友人たち、関係者の皆様に、心からお詫び申し上げます」と謝罪。開会式の音楽制作については「依頼を辞退すべきだったのかもしれません」としつつ、辞意は否定していた。
ツイッター上では「一度の謝罪で済む話ではない」「もう辞めるしかない」と辛らつな書き込みが相次いだ。米AP通信、英ガーディアンなど、海外メディアも報じた。
ツイッター上の音楽ファンの間では「(五輪担当を)降りた方がいい」「やったことは許されない」と厳しい指摘がある一方で、「私は小山田くんの音楽が好き。聞きたいな」「小山田君が辞退しなかったことに、ちょっと涙が出た」という声も聞かれた。
小山田氏が所属するバンド「METAFIVE」のゴンドウトモヒコ氏は、小山田氏の謝罪ツイートを引用する形で「偉いよ小山田くん。受け止める。いい音出してこう!!!!!」と投稿した。ゴンドウ氏はその後、ツイートを削除、謝罪している。
「暴力性に気付いていながら目をつむって...」
複雑なファン心理を吐露したのが、イラストレーターの中村佑介氏だ。カラフルな色使いの作風が特徴の中村氏。ロックバンド「ASIAN KUNG-FU GENERATION」のCDジャケットを多数手がけていることで知られる。
中村氏は17日にブログで「小山田圭吾さんのこと。」と題した記事を公開。青春を過ごした90年代、小山田さんが在籍していたフリッパーズ・ギターとの出会いを回顧した。
フリッパーズ・ギターの「それまで自分が聴いたことのなかった」音楽ジャンルや「鼻血が出そうなほどお洒落」なファッションと出会ったことで、「頭の中で思い描いていた華やかな都市・東京と、僕の住んでいる殺風景な地方の町がどこでもドアでつながったような刺激的な感覚でした」「かつての真っ黒い空洞は埋め尽くされました」と振り返る。
後に、小山田氏の雑誌の記事を目にした。自身も学生時代にいじめられた経験があるという中村氏は、複雑な感情を抱いた。
「あの物知りお兄さんがそんなことを実際していたなんて、これからどうやって彼の音楽と向き合っていったら良いのだとモヤモヤしました。ヒーローがそれまでの必殺技じゃなく、包丁で戦い出したような生臭い現実が迫ってきたような」
一方で、その後のコーネリアスが世界的人気を獲得していったことに対しては「複雑な想いを抱えながらも、同時に孤独な青春の自尊心を救ってくれたお兄さんの活躍を誇らしくも思っていました」「その階段をかけあがる度に僕はドキドキしていました」と振り返る。
今回の小山田氏の問題については「小山田圭吾さんの学生時代にしたことは、いじめにあった当事者の方からすると今も消えない深い傷です(僕も昨日のことのようにズキズキ思い出します)」。16日の謝罪文に対しても「決してすぐに整理されるようなことではありません。それは少なくとも謝罪文を出すまでに要した年月の倍以上はかかるだろうし、ずっとかもしれない」と話す。
中村氏は記事の最後で、こんな思いを口にした。
「当該記事の内容や文化の含む暴力性に気付いていながら目をつむってファンとして神輿を担ぎ続け、オリンピック作曲者への道へと導いた責任は僕にもあると感じたのでその過程としてご説明させて頂きました。あなたに、ほんとうにごめんなさい」
「様々な方への配慮に欠けていた」辞意表明
小山田氏は19日、コーネリアスの公式ツイッターを更新し、辞意を表明した。
この度の東京2020オリンピック・パラリンピック大会における私の楽曲参加につきまして、私がご依頼をお受けしたことは、様々な方への配慮に欠けていたと痛感しております。 関係各社にて調整をさせて頂き、組織委員会の皆様への辞任の申し出をさせて頂きました。 皆様より頂きましたご指摘、ご意見を真摯に受け止め、感謝申し上げると共に、これからの行動や考え方へと反映させていただきたいと思っております。 この度は、誠に申し訳ございませんでした。