墨業界の深刻な後継者不足
長野さんによれば、墨屋や関係者の廃業は後を絶たず、残った職人も高齢化が進んでいる。長野さんは墨の需要がないから、後継者が現れないのだと話す。
「自分の中では、需要がないから後継者が増えないのだと思います。これはどこの伝統工芸も一緒だと思います。需要がないから生活していけない、斜陽産業だから親が子に継がせない。シンプルに、ただそれだけです。私の父も、私に墨屋を継がせる気はありませんでした」
しかし長野さんは「職人を見て育ってきた」。それだけの理由で家業を継いだ。
「錦光園は自宅に併設された小さな墨工房で、父や祖父、職人さんたちを、子どものころから見ていました。だから一回家を出て一般企業に就職しましたが、いつか必ず戻ってくるつもりでした」
長野さんは就職先で「家のことがなければ一生働きたい会社だった」と思うほど馴染んだ。しかし就職して10年、父が廃業すると言い出した事を受け、会社を辞め、実家を継いだ。
そこで直面したのは「墨屋では食べていけない」という厳しい現実だった。だからこそ長野さんは、自らが「墨の案内役」となり墨の世界に興味を持ってもらう普及活動に力を入れている。
「今の人たちは墨を擦ることもないです。そういった方々にいきなり『使ってください』、『書くものですよ』と言っても通じないはずです。だから見た目や香りなど芸術的な観点からもアプローチを行っています。お菓子の落雁(らくがん)の木型から作った墨もあるんですよ」
長野さんは、墨業界の中では若手でもあるために、ツイッターやフェイスブック、インスタグラムなどSNSでの発信にも力を入れている。20年11月からは学校向けにオンライン墨づくり体験授業を開始した。現在は月に1、2回ほど依頼が寄せられている。
しかし先述の通り、コロナ禍で墨の普及活動を進めるのは厳しくなっている。普及活動のための人出も足りていない。
「若い人がいませんし、人が欲しいです。協力者の方にも色々助けてもらっていますが、マンパワーが足りません」
こうした状況を受けて長野さんは、クラウドファンディングサイト「READYFOR」で支援を募ることにした。