書道や習字でおなじみの「墨」が消滅の危機にさらされている。「墨を擦って文字を書く」機会が減っていく中で、墨の需要が縮小し、職人の後継者不足が深刻化している。さらに新型コロナウイルス禍で、墨業界の置かれた状況はより厳しいものになってしまった。
こうした状況を打破するために、奈良の墨職人が2021年6月、クラウドファンディングを立ち上げた。支援は半日足らずで目標額を達成し、インターネット上の関心を集めている。
今、墨業界に何が起こっているのか。J-CASTニュースは、クラウドファンディングを立ち上げた墨匠・長野睦さんに取材した。
墨業界の今
長野さんは、奈良市の墨工房「錦光園(きんこうえん)」の7代目墨匠だ。伝統的な製法で墨を作る傍ら、「墨の案内役」として墨の魅力を伝える活動を行っている。きっかけとなったのは、同社が取り組む観光事業「にぎり墨体験」。修学旅行生や若い人々と直接交流する中で、墨を知らない人がいることに危機感を抱き、墨の普及活動や新たな価値創出に取り組むようになった。
その一環で2019年に生み出したのが、インテリア小物「香り墨Asuka」。観光客らの「墨のにおいが良い」という声を受けて、香りを楽しむための墨を開発した。仮面舞踏劇の伎楽面(ぎがくめん)の「迦楼羅(かるら)」「力士」「呉女(ごじょ)」をかたどっており、墨の原料である煤(すす)の粒子の細かさを生かした緻密なデザインを実現している。
「墨は『擦って書くもの』ですが、美術工芸品的な美しさ、墨そのものの香りもあります。書く、見る、香る・・・皆さん知っているようで知らない魅力があると思います」
長野さんは「墨にはまだ伝えきれていない魅力がある」として、墨の普及活動に努めてきた。しかし2020年春、コロナ禍が訪れる。観光事業「にぎり墨体験」の予約はほとんどキャンセルになり、来訪者は8割減。製造業も卸先への流通が厳しくなり、不安定な状況となってしまった。
「新型コロナウイルス感染症が拡大して1年間、ホームページを作るなど内々的に様々な挑戦をしてきました。しかし墨の普及活動は抑え気味になってしまいました」
コロナ禍でも墨について知ってもらうため、長野さんはZoomを活用した「オンライン墨作り体験」を打ち出した。必要な材料は郵送し、パソコン越しで墨の作り方を伝えている。長野さんによれば、自宅にいる体験者はリラックスしているためか、とてもよく質問を投げかけてくれるという。パソコン越しであるために聞かれた事に関する資料をすぐに提示することもでき、長野さんは「リアル以上に価値があると自信を持っている体験コンテンツ」だと胸を張る。
しかし墨業界自体への認知はまだまだ低いのが現状だ。長野さんは、「このままでは墨の技術そのものが消えてしまう」と焦りを抱えている。