「高品質社会」への失望
香山さんは、長期的に見れば、今回のコロナ禍を通して日本人の多くが感じるのは、「高品質社会」というこれまでの日本の自画像への失望なのではないか、という。
「日本にいたら、どこでも質のいい医療を受けられる。食品も安全で、衛生環境もいい。どの分野でも、ものすごくクリエイティブではないが、高い水準を維持している。そうした『高品質社会』への自信や誇りが日本人を支えてきました。それが失望に変われば、メンタルヘルスに直接影響するでしょう」
今回のコロナ禍では、莫大な予算を投入した感染追跡アプリに不備があったり、手書きファックスを送って感染者の集計をしたり、ワクチンの調達に大幅に出遅れたりするなど、目を覆わんばかりの実態が明るみに出た。
政府はこの20年ほど、「IT大国」「バイオ大国」「技術大国」の幻想をふりまいてきたが、蓋を開ければ、先進諸国の中でもその地位は大幅に低下している。
「ここ20年、日本は経済的にもじり貧で、相対的地位はどんどん下がってきた。これが学問や研究の水準もダメ、そのうえ、これまで誇りにしてきた生活の品質保証もダメとなると、かなりダメージは大きいのではないかと思います」
だが、政権がもし、東京五輪・パラリンピックの開催を、こうした地盤沈下を防ぐ起死回生の策と位置づけているなら、それは間違いだ、と香山さんはいう。
「五輪・パラリンピックをコロナ禍から立ち直るきっかけにして、国力を誇る、というのは共同幻想に過ぎません。それは、寓話のようなものです。体力が落ちていることを直視して、一歩一歩、社会を鍛え直していくしかないと思います。最近は、隣人に偏見を持たず、国際感覚に富む柔軟な若い世代が出てきた。彼らが古い世代の価値観に染まらず、社会の中核に育って行ってほしい、と期待しています」