外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(41)精神科医・香山リカさんと考えるパンデミック下の心理

全国の工務店を掲載し、最も多くの地域密着型工務店を紹介しています

軽すぎる政治家の言葉

   去年の春、コロナ禍が始まったころと今を比べると、「先が見えないこと」への不安や欲求不満の質には、明らかに違いがある、と香山さんは言う。感染が広がったころには、人類が初めて体験する未知のウイルスへの恐怖や不安が募った。しかし1年以上を経た今、多くの人が味わっている「先が見えない」ことへの不安や不満は、「政府や当事者が対策のミスを認めず、明確な目標や判断の根拠も示さずに新たな対策を次々に打ち出す」ことに向けられている。医療関係者や専門家からは、対策の失敗を指摘する声も上がっているが、政権の支持率は劇的には落ちていない。

   その典型は、特に昨年問題になったPCR検査の目詰まりだ。PCR検査による早期発見、早期隔離は、各国が認めるゴールドスタンダードのはずだったが、発熱や肺炎症状がなければ検査を受けられない状況が長く続いた。

「世界一の検査大国と言われるほど検査が過剰な日本で、検査が受けられないというのは、明らかに異常な状態でした。医師が『検査が必要』というのに、行政から『それはできない』と言われるのを見て、心底恐ろしいと思いました」

   最近は状況が変わり、すぐに検査を受けられるようになった。だが、医療態勢が逼迫している地域では、陽性と分かっても、今度は「では自宅にお帰りください。あとで保健所から連絡します」といわれてしまう。入院先や療養先が満杯で、自宅療養するしかない。

「前はコロナかどうか、検査ができなかった。今は検査はできるが、それが医療につながらない。明らかに対策に不備があります」

   民間病院や診療所が医療機関の8割を占める日本では、民間側がもっと協力してコロナ対応にあたるべきだという声もある。だがその見方は単純に過ぎる、と香山さんはいう。

「民間病院や診療所は規模が小さく、感染者が出ると閉鎖か風評被害で立ちいかなくなるところが多い。コロナ対応には多くの人手を取られ、人工呼吸まで至らなくても酸素吸入などの設備や機器も必要。それほど簡単には対応できない」

   そのうえで香山さんは、「今のように現場に丸投げするのでは、協力しようとしても、スクラムを組むのは難しい。政府や行政側に『こちらもガッチリやるから、ぜひ協力しよう』という姿勢が必要では」という。

   それは政治家の姿勢についてもいえる。

「外国がいいというわけではないが、ドイツのメルケル首相は、『これしかないんです』と国民に謝罪しながらロックダウンの必要性を訴えた。この人は本気で、正直に言っていると、信頼する気になります。政治家や行政に対する信頼なしに、感染防止はできません」

   インタビューをしたのは、東京五輪・パラリンピックが間近に迫り、開催するかどうか、開催するなら観客の有無や規模をどうするか、そうした問題をめぐって、政府と専門家の攻防が始まろうとする時期だった。

「政府は安全安心に大会を開催するといい、アスリートのためだといいますが、有権者はそれはきれいごとで、欺瞞だと見透かしている。もっと言えば、政治家は国民を信用していないのではないでしょうか」

   もちろん、国民の側も、政治家を信用していない。香山さんは、この「不信のサイクル」についてはメディアにも大きな責任があると指摘する。

「メディアの肩をもつわけではありませんが、安倍晋三長期政権は、メディアの批判を許さず、萎縮するような仕組みを作り上げたのではないでしょうか。コロナ禍についても、対策の失敗に切り込むことができないようなシステムが続いている」

   だが香山さんは、「桜を見る会」の追及や、最近の入国管理法改正案の問題点の報道などで、メディアの側にも、そうした「呪縛」がようやく少し薄れる兆しが出てきたという。

「新聞によっては、紙面では両論併記でお茶を濁しても、デジタルでは思いきったことを書く、という試みを始めているところがある。どこに活路を見出すか、メディアにとっても正念場です」
姉妹サイト