高橋洋一の霞ヶ関ウォッチ
東京五輪へ提言した専門家有志 分科会が政府関係者の信頼を得ていたと言い難い理由

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   五輪開催について、もちろん何を言ってもいいが、責任ある発言のためには一定の知識が必要だ。

   そもそも五輪開催は開催都市契約という国際契約に基づく。そこでは、主催者はIOC(国際オリンピック委員会)、東京都はせいぜい会場管理責任者だが、日本政府は契約当事者でもない。政府の感染症対策分科会が、政府に五輪開催を話しても全く意味がない。

  • 尾身茂氏
    尾身茂氏
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専門家は政治にどう対応すべきだったのか

   分科会は、政府から諮問を受けて提言を行うが、その場合でも、政府はそれを参考にして意思決定を行うので、提言通りでなくてもいい。まして、今回政府からの諮問がないから、有志の自主研究だ。

   となると、有志の自主研究について、政府として正式に受け取る必要もなく、無視するかどうか以前の話だ。

   では、専門家は政治にどのように対応すべきだったのか。筆者の個人的な経験を踏まえて述べたい。

   今から40年以上昔だが、筆者は、大蔵官僚になる前、政府のある研究所に内々定しており、そのときの研究テーマの一つは感染症数理モデルだった。感染症の数理モデルは、100年前のスペイン風邪以降に開発されたもので、数学的にいえば、三つの連立微分方程式が基本形になっている。

   今回の新型コロナ騒動において、この数理モデルを説明してくれといろいろな方に言われたが、いくら説明しても理解できなかった。この数理モデルをわかる人は質問などせずに独力で理解できるし、人に聞かなければわからないような人は理解できない。

   筆者はこれまでの官僚人生において、こうした数理モデルを実際の実務に活用してきた。その際の極意は、決して内容を理解してもらおうとせずに、数理モデルによる予測を事前に行い、近い将来の結果を正確にあてて、関係者を驚かし、その信頼を得ることだ。これは、自然科学での論争の決着方法でもある。

感染症予測を警鐘として使った

   いずれにしても、分科会は、感染症対策の議論の前提とすべき感染者予測において、政府関係者からの信頼を得ていたとは言いがたかった。

   それは、感染症予測を将来の感染者数を正確に当てるというより、警鐘として使ったからだ。

   筆者の予測は、かならず諸前提に幅を持たせて、予測値の上限と下限を明示している。ピッタリ当てることはできないが、それでも現実が上限と下限の間にくるようにしている。今回の新型コロナでも、これまでの波のピークはすべてほぼ正確に当てた。しかし、分科会では、何もしないという極端な前提の下で、死者42万人という極端な予測をした。これはショッキングな数字なので、対策を急がせた役目を果たしたかもしれないが、事後的な説明もないのでは政府内における信頼を得られなかっただろう。

   今回分科会の尾身茂会長ら専門家の有志による提言においても、筆者からみると、若干極端な想定により感染者の急増を前提としているように思える。

   政治や実務の世界で、専門家が求められているのは、将来予測と処方箋である。将来予測において信頼できないと、その処方箋も聞いてもらえなくなってしまう。

   もし、これまで分科会が信頼を得ていれば、いろいろと諮問されただろう。予測を正しく行うのは、権威でもなんでもない。いくら無名でも正しく予測できていれば、政治は必ず意見を求めてくるものだ。その意味で、分科会は実績が足りなかったのだろう。


++ 高橋洋一プロフィール
高橋洋一(たかはし よういち) 元内閣官房参与、元内閣参事官、現「政策工房」会長
1955年生まれ。80年に大蔵省に入省、2006年からは内閣参事官も務めた。07年、いわゆる「埋蔵金」を指摘し注目された。08年に退官。10年から嘉悦大学教授。20年から内閣官房参与(経済・財政政策担当)。21年に辞職。著書に「さらば財務省!」(講談社)、「国民はこうして騙される」(徳間書店)、「マスコミと官僚の『無知』と『悪意』」(産経新聞出版)など。


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