北朝鮮の金正恩総書記が、朝鮮労働党の集会で「人民の食糧状況が切迫している」と言及する異例の事態だ。正恩氏は、農業への対応を「最優先的に解決すべき戦闘的課題」と位置づけ、強い危機感を示した。
正恩氏の発言によると、食糧事情が切迫している理由は「昨年の台風の被害のため」。ただ、国際機関の推計では、国内の生産量は例年と大きくは変わっていない。むしろ問題とされているのは、必要な輸入量を輸入する見通しが立っていない点だ。新型コロナウイルスの影響で閉鎖を続けている国境管理の見直しを迫られる可能性もありそうだ。
農業は「わが党と国家が最も重大視し、最優先的に解決すべき戦闘的課題」
正恩氏の発言があったのは、2021年6月15日に開幕した朝鮮労働党中央委員会第8期第3回総会。6月16日の国営メディアの報道によると、正恩氏は
「農業部門で昨年の台風の被害のため穀物生産計画を未達成だったことで、現在、人民の食糧状況が切迫している」
として、今回の総会で積極的な解決策を打ち出すように求めた。さらに、
「農業を立派に営むのは現在、人民に安定した生活を提供し、社会主義建設を成功裏に促すためにわが党と国家が最も重大視し、最優先的に解決すべき戦闘的課題」
とも述べたという。
20年8月下旬~9月上旬にかけて、台風8~10号が立て続けに北朝鮮を直撃。国営テレビは夜通しで台風情報を伝えたり、アナウンサーが現地から被害状況を実況したりする異例の体制を組んだ。正恩氏が言及した「台風の被害」は、このことを指しているとみられる。
洪水や暴風雨による減産分を、作付面積が増えたことで補う
ただ、国連食糧農業機関(FAO)が6月14日付けで発表した、北朝鮮の食糧事情に関する報告書では、やや違う見方をしている。報告書では、20年の主要穀物の収穫は、洪水や暴風雨による減産分を、作付面積が増えたことで補うことができたとみている。さらに、20年11月~21年10月の食用作物の生産量も、例年の560万トンに近い水準だと予測している。ただ、この生産量は食糧を自給できる水準には遠く、問題は輸入だ。20年11月~21年10月の1年間に、例年並みの106万3000トンの輸入が必要だと試算されているが、北朝鮮が輸入を計画しているのは20万5000トンに過ぎない。85万8000トンが不足する見通しで、これは北朝鮮で必要な食糧の2、3か月分にあたる。報告書では、
「もし、この差分を輸入や食料援助で十分に埋められない場合、21年8月から10月は、一般家庭にとって厳しい時期になる可能性がある」
と警告している。
北朝鮮は新型コロナの感染拡大が本格化し始めた20年1月から、中国との国境を陸路・空路ともに閉鎖している。ただ、21年3月から海路での貿易を一部再開している。総会では、新型コロナへの対応も議題になっている。国営メディアは正恩氏の支持を次のように伝えており、水際対策と、食料輸入をはじめとする貿易再開とのバランスに苦慮している可能性もある。
「現在の状況に即して国家的に防疫態勢を完璧に堅持し、経済指導機関が非常防疫という不利な環境の中で、それに即して経済活動を緻密に手配することに関する課題を提示した」
(J-CASTニュース編集部 工藤博司)