「皆が弱者なのだから皆で支え合うしかない」 枝野幸男・立憲民主党代表に聞く「日本の現実」【J-CAST単独インタビュー】

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   立憲民主党の枝野幸男代表が、約8年半ぶりの著書「枝野ビジョン」(文春新書)を2021年5月に出版した。民主党が政権を失って1年ほど経った2014年から書きためてきたといい、解散総選挙を前に出版にこぎ着けたことで、政権の選択肢としての「準備と覚悟の一端を示すことができたと思っている」としている。

   普段の記者会見や街頭演説では語られることが少ない、政権獲得後の「ビジョン」が、まとまった形で示された書籍だ。枝野氏が目指す「支える社会」実現のためには、所得の再分配機能を高めることが不可欠だ。それはどうやって実現するのか。枝野氏に聞いた。(聞き手・構成:J-CASTニュース編集部 工藤博司)

  • J-CASTニュースのインタビューに応じる立憲民主党の枝野幸男代表
    J-CASTニュースのインタビューに応じる立憲民主党の枝野幸男代表
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自分では「保守」のつもりなのに、なぜ「リベラル」のレッテルを貼られるのか

―― 今回の著書は、「叩かれても言わねばならないこと。」(東洋経済新報社)以来、約8年半ぶりです。14年から書きためていたとのことですが、どういったきっかけや問題意識で書き始めたのでしょうか。

枝野: (12年12月に)下野して1年ちょっと過ぎて、そろそろ次を目指さないといけない、という状況でした。そうなると、本を書くということは、読んでいただくことも大事ですが、自分の頭の中を整理することにもなります。どういう社会を目指すのか、自民党とどう違う軸を作りたいのか...、こういったことをきちんと整理しないといけない、というのがきっかけです。結果的に大事な総選挙の直前に出すことになったのは、タイミングとしては良かったと思います。

―― 第1章は「『リベラル』な日本を『保守』する」とうたっています。昔の自民党にはリベラルと保守の両方の面があったが、ここ数十年でそれが変質してしまった、とも指摘しています。このあたりも執筆のきっかけになったのでしょうか。

枝野: 書き出し(第1章)の意図は、私がリベラルというレッテルを貼られていることに、ものすごく違和感があったからです。自分では保守のつもりだけれど、なぜ違うレッテルを貼られているのかということに対する疑問と、間違ったレッテルを払拭したいという思いがありました。13~14年頃、様々な学者さんから、一種矛盾するようですが、「リベラルをどう復活させるか」ということで、色々な話を聞かせていただく機会がありました。その中で、(東工大教授の)中島岳志先生に刺激を受けました。中島先生は「保守とリベラルは対立概念ではない」という整理を非常にクリアにされていて、もちろん学者の中島先生の論にはかないませんが、プレイヤーであるという立場から、そこをきちんと示しておきたいと思いました。

―― 著書では自分のことを「保守」だと強調しています。レッテルを貼られている「リベラル」とも矛盾しないわけですね。

枝野: これも中島先生の受け売りですが、「保守」の対立概念は「革新」で、「リベラル」の対立概念は「パターナリズム」。そもそも噛み合うはずがありません。そうした知的な刺激も受けて、世の中にそんなに広く受け入れられる話ではないかもしれませんが、分かる人にはきちんと説明をしておかないと...。一般の有権者は、投票の時にそんな概念にはこだわらないと思いますが、こだわって分類したり、レッテル貼りしたりする有識者やメディアがいるので、そこに対してはちゃんと説明をしておかなければいけないと思いました。

―― 支持者の皆さんの誤解を解くいい機会でもある、ということですね。

枝野: 少なくとも地元の昔からの支持者の皆さんは、誤解をしていないと思います。

「弱者保護」ではなく「皆が弱者なのだから支え合うしかない」

―― 著書では論点が多岐にわたっています。最も強調したい部分はどこですか。サブタイトルにもあるような「支え合う」社会についてでしょうか。20年5月の記者会見では、「支え合う社会へ」と題した構想も発表しています。

枝野: 150年間続いてきた規格大量生産による物的拡大の時代は終わったんだ、ということですね。「だからどうするんだ」という話で、(今の政府が進めている政策は)その前提が違っています。前提が違う以上、その後の具体的な政策に関する部分は一種必然的に出てくるものです。その時代状況の変化を受け入れられるのか、あるいは共有できるのかどうかがポイントです。明治維新からの150年が2000年代前半くらいのところで終わって、完全に違うフェーズに入っているというのが一番のポイントです。

―― 「支え合う社会」や、正しい意味での「情けは人のためならず」といった言葉が多数登場します。再分配の重要性が繰り返し強調されていますが、「弱者」や「高齢者」「子育て世代」への予算措置を行うとなると、受け止め方によっては世代や所得による分断を生んだり、世代間闘争のような受け止めをしたりする人もいそうです。

枝野: 具体論のところで今回伝えたかったのは、今やろうとしているのが「弱者保護」ではない、というところです。特定の弱者をカテゴライズして、その人たちをなんとかするのではなくて、皆が弱者なのだから皆で支え合うしかないという話ですね。

―― 年を重ねて定年退職した後は、貯金を取り崩しながら年金暮らしをすることが想定されますが、いつまで資金がもつのか、いつまで生きていていいのか...そういった悩みを抱える、一種の「弱者」になる可能性は誰にでもありますね。

枝野: 例えば一流企業で定年まで働き退職金をもらい、そこそこの額の厚生年金を受給し、ローンを完済している人たちでも、医療や介護の不安は大きく、10年とか15年にわたって要介護状態になれば、生活がめちゃくちゃになります。それから、例えばダブルインカムで1000万円ずつくらいもらっている夫婦でも、生殖補助医療や保育園・保育所の問題など、子育て支援策が充実していないと選択肢を狭められるわけです。従来の「支え合い」や古典的な社民的政策では、ものすごく困っている人をカテゴライズして「その人を助けよう」なのですが、(今は)かつて助ける側に回る側だったと思われる人たちが助けを求めている。あなたも含めて強者ではない、ということです。多分、自分が強者でないことは認めたくないから、それを自覚しているかは別ですけど、本能的には、みんな感じているんですよ。だから、弱者保護に対して否定的になり、生活保護バッシングにつながっていきます。なので、とにかく「弱者保護」ではないということを強調したかったです。

「シルバーデモクラシー」批判にどう答える

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「枝野ビジョン」(文春新書)の発売記念会見での枝野幸男代表(2021年5月撮影)

―― (高齢者の方が投票率が高く、高齢者向けの政策が優先される)「シルバーデモクラシー」との関連を指摘する声もあります。

枝野: 若い皆さんをターゲットにした講演では、年金と介護の話をします。「それはあなたたちための政策だから」というメッセージです。逆に中高年に向けた講演では、「子育て支援が、いかに皆さまへの政策なのか」について語るようにしています。これは20年くらい自分がやってきたことで、それを本にしただけです。もうひとつ、この本で強調したかったのは「情けは人のためならず」です。書き始めの時は、タイトルは「情けは人のためならず」にしようかと思ったくらいです。

―― 個人的には、日本を取り巻く状況として、もう日本は成長しないし、諸先輩方の貯金を食いつぶしてこのままだめになっていくのかな...という感覚を持ってしまいます。成長しないと、こういった「支え合い」のための原資も出てこないと思いますが...。

枝野: そういう風に捉えられるとしたら本の書き方が上手くなかったので...。というのも、(著書では)ある意味で経済は伸びていると書いているんです。外需では伸びていて、外需、輸出分野は他の先進国と比べても決して悪い数字ではないことを指摘しています。国際収支はずっと黒字基調です。つまり、日本は成長しているんです。今、我が国が伸びていないのは、内需が回っていないからです。もちろん(輸出)競争力が落ちているのは確かですが、それはむしろここから顕在化する話であって、これまでの2~30年(の日本経済の停滞)というのは、そこ(外需)が原因ではないことを明確にしないといけない。
いずれにしろ先進国が、かつての昭和40年代のように成長するはずはありません。この20年ぐらいの輸出の成長を維持できて、黒字基調が続いていけば、いいじゃないですか、十分。あとは国内でちゃんと金を回せば、GDPは伸びるんだし...、そういうことです。そういった意味で、そんなに悲観的ではありません。

―― 著書では、「少量多品種」で付加価値をつけることの重要性に触れていました。

枝野: 実際に日本の中小企業で、世界に伍して戦っているところも少なからず出てきているし、その潜在力はやっぱり圧倒的に高いですよ。ちゃんとマーケットと繋ぐことができれば、そこはそんなに心配しなくていいです。ですが、また世界の高収益企業のベストテンに日本企業が5社も入るとか、そんなこと自体が幻想です。日本全体として、例えば輸出が毎年3%ずつ成長していけば十分じゃないですか。それで貿易黒字を維持する。

―― このだめになっていくような雰囲気は何なんでしょう。

枝野: それは国内でカネが回ってないから、豊かさが偏在してるだけです。

「老後の貯蓄2000万円」問題は、政府が「経済分かってない」証明だ

―― そうなると、内需を伸ばすことが必要なわけですが、著書では、低所得者層の所得を底上げすると消費が拡大して経済成長につながると説いていました。

枝野: 再分配しないことには、購買力がない人にどんなにいいものやサービスを提供しても、消費が伸びるはずがありません。まず購買力をつけることが大前提です。次は、やっぱり「将来が不安だからカネを使わない」ので、将来不安は小さくするしかない。つまり、消費を伸ばすためには従来のような産業政策よりも所得再分配政策と将来不安(の解消策)なんですよ。そこを見間違えて、何か経済政策となると「特定の産業分野を伸ばす」とか伸ばさないとか...。それ以前のところで壁があるわけだから、そこを取り払わないとどうにもなりません。

―― 将来不安の文脈では、先ほど話題になった介護費用の問題がありますね。将来的にいくらかかるか分からない費用のために貯蓄を余儀なくされるので、消費に回らない。

枝野: わかりやすく言えば、公的な介護や医療は年金の範囲の中でまかなえて、そこそこの医療や介護を受けられるということが保証されれば、将来不安が決定的に小さくなるんですよ。具体的には、自己負担額を所得に応じて上限を設ければいい。年金額を基本にしながら、それよりも多くの所得がある方についてはさらに負担してもらうにしても、その年金の範囲の中から何%といった枠を決めれば、不安はものすごく小さくなります。

―― 19年には、老後の30年間で2000万円の貯蓄が必要だとする、金融庁の報告書が大問題になりました。

枝野: 2000万円貯金しろという話自体が消費を冷え込ませる政策で、それを財務大臣が言ったというのは、経済を分かっていないという証明なんですよね。どちらかと言えば、政府は「2000万円の貯蓄ができない人がたくさんいるのに何言ってるんだ」という文脈で批判されましたが、違います。それ以前に、経済を分かっていません。「みんなが2000万円貯めなきゃいけない」となったら、ますます消費が冷え込むじゃないですか。そこを分かっていないところが、一番のポイントでした。

財源めぐる個別税目の議論が先行すると「消費税の議論に矮小化される」

―― 「小さすぎて機能しない行政」の反省から、「大きな政府」を志向した政策が多く掲げられています。論点になるのが財源の問題です。5月19日の出版会見では、財源について説明を求める記者と、「本を読んでください」「ちゃんと読んでください、先入観なく」と答弁する枝野代表との間で、ちょっとした応酬もありました。著書では、以下のように様々な角度から議論が展開されていますが、優先順位について聞かせて下さい(アンダーラインは記者によるもの。配信先では表示されません)。財源として最も有望で、最も多くの額が捻出できそうなのは何でしょうか。

「(直間比率の議論を受ける形で)累進性を強化する方向で、直接税などの比率を上げていくことが必要だ」
「私自身は、財政規律を重視している。将来にツケを残すことになる財政赤字の拡大は、できるだけ早期に止めなければならない」
国民に長期的には必要な負担をお願いしなければならないことは間違いない」
「土木を中心とした従来型の大型公共事業を中心に置いた考え方から順次脱却し、『支え合い』のための事業の財源に振り向けることは、経済や社会の活力という側面からも合理的である」
「不信感が払拭されるまでの間は、消費税などの大衆増税は棚上げし、優先順位の低い予算の振り替えと国債発行などによって対応せざるを得ない」
枝野: その議論の仕方自体が、財務省につられているんですよ。つまり「個別税目のどこを上げるの?」みたいな話になっていけば、それは多分必然的に多くの人の眼は消費税に向かい、それで消費税の議論に矮小化されるんです。
だけどトータルで財源は確保していかなければならないわけで、そうなったときにまずやらなければならないのが直間比率の見直しです。直間比率の見直しというのは、直接税の比率を上げて、所得の再分配機能を高めることです。つまり、給付のところは(所得などに関わらず、誰でも等しく受け取れる)「普遍主義」に変えていく一方で、きちっと負担のところ、税や社会保険料の負担のところは累進を強化していく。大きな構造転換をして、同時に支出の優先順位を変えていく。それが成果を上げていると見えて初めて、「さぁ、それでも足りない財源をどうしますか」という議論をしなければならないのに、初めから「財源どうするの」という議論に乗っかってしまうと、もう財務省の手のひらの上です。だからそういう議論に私は乗らないだけです。

―― 支出の優先順位を見直すというのは興味深い議論です。先ほど挙げた著書の引用部分では「土木を中心とした従来型の大型公共事業を中心に置いた考え方から順次脱却し、『支え合い』のための事業の財源に振り向ける」という部分が、それにあたると思います。民主党時代に掲げていた「コンクリートから人へ」に近い考え方だと理解すればいいですか。

枝野: 「コンクリートから人へ」は、あの時代は一定の説得力があったと思いますが、話はそんなにシンプルではありません。例えば既存のインフラは老朽化していて、いずれ補修改修で莫大な費用がかかる。必要なのは、それなのに新しいものを作るの?という議論です。例えば、「コンクリートをやめるのではなく、今あるものを使い続けるだけでもお金がかかるのに、もっと新しいのを作るの?だったら、新しいものを作るよりも、社会保障に回した方が経済波及効果は大きいよね...」といった話です。

―― そうなると、(一部の野党が主張しているような)単純に消費税の税率をどうこうしたい、といった議論には、すぐにはならないんですね。

枝野: それは、完全に財務省に乗せられている議論なんです。消費税に特化した議論をしてること自体が、特に極端な減税派の人たちは全く逆のつもりでいますけど、その議論に乗っかった瞬間に、もう財務省の手のひらの上ですよ。

辺野古移設「中止」鮮明にした理由

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旧立憲民主党と旧国民民主党が合流した結党大会でステージに立つ枝野幸男代表ら(2020年9月撮影)

―― 著書では終盤に言及されている外交・安保についてもうかがいます。ところで、5月20日の動画番組では、最も尊敬する政治家として、鈴木貫太郎元首相を挙げていました。第2次世界大戦を終戦に導いたことで知られますが、仮に「枝野政権」になると、日本は「店じまい」モードになってしまうのでしょうか。

枝野: 彼がやったことが世の中を一番明るくしたじゃないですか。つまり日本の歴代総理の中で、在任中に日本国民にとって最も幸福度を上げることをやったのが鈴木貫太郎です。新しい時代を切り開いたわけだから、それは一番評価されるべきです。もちろん吉田茂も大きいですが、鈴木貫太郎が戦争を止めなければあんな時代にはならなかった。やっぱり世の中を一番明るくするための大きな成果を上げたと私は思います。

―― 米国との関係では、「日米同盟を基軸としながらも、米国に対し地位協定の改定を粘り強く働きかけていく」とあります。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古沿岸部への移設問題では、明確に「中止」を打ち出しました。日米両政府は「辺野古が唯一の解決策」だと繰り返しており、仮にこの主張が正しければ、辺野古への移設中止は普天間の固定化につながります。現時点で普天間が持つ機能は、どのようにする方向で米国と折衝すべきですか。

枝野: 辺野古をこのまま強行しても、10年経ってもおそらく完成していないので、普天間の危険性は除去できません。つまり、このまま(辺野古建設に)突っ込んでも固定化なんです、近未来的には。それは特に軟弱地盤問題があるとか、沖縄の県民の皆さんの意思が明確にしかも持続的に示され続けているからです。例えば「3年後に辺野古が完成してしまいます。そうすれば普天間の除去が3年後にできるのにどうするんですか」といった選択肢は成り立ちません。軟弱地盤の問題があるので、10年後でも20年後でも、あるいは永遠にできないのかもしれない、というのが今の局面です。むしろ違うアプローチをした方が、結果的には普天間の移設は早いかもしれないという局面です。

海兵隊の移転先交渉は「バイデン政権の間にやりたい」

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支持者が集まる「立憲フェス」では、枝野幸男代表とのタウンミーティングも行われた(2020年2月撮影)

―― このまま進めても辺野古は完成しなさそうなので普天間の危険性は除去できない...。そうなると、どういった進め方をすべきでしょうか。例えば普天間の機能を嘉手納基地(嘉手納町など)で引き受けたり、海兵隊をグアムに移転させたり、様々な考え方があります。

枝野: それはね、日本が先に言っちゃいけないんですよ。米国に言ってもらった方がいいですよ。だって米国は、別に辺野古を作ることが目的じゃないはずなんだから。普天間にある海兵隊の規模を維持することが米国の目的なんだから。そうでしょ。辺野古にこだわっているのは日本政府。私は、普天間の海兵隊の機能を米軍が維持することには全く同意なんです。例えば「じゃあ、こっち(辺野古)は10年経っても20年経ってもできないかもしれない。かといって、こんな住宅地(普天間)にあるのは皆さんだって心配でしょう?他の選択肢ないの?」と、こっちが結論を先に出すんじゃなくて、そういう交渉をしない限りは米国とのコンセンサスを得られないですよ。

―― 海兵隊の機能をどこに移転させるかは、日米双方が汗をかいて知恵を出し合おう、と。

枝野: そういうことです。「具体的なところはそっちが考えてくれ」「わかった、じゃどういう条件が整えばいいのか」「その状況は本当に必要なの?海兵隊の機能を維持するために」ということをちゃんと詰めた議論を日米間でやらないといけません。そもそも辺野古に決めたのだって20年も前の話で、海兵隊の役割自体が20年前と違っているので、そこからやり直しです。だからすぐには結論は出ません。出せないと思います。1年や2年じゃ結論出ません。ただし、バイデン政権の間にやりたいですね。予見可能性がないトランプ政権ではできなかった。(海兵隊を)引き上げるって言いかねませんから、トランプ政権は。

―― 「最低でも県外」とか「腹案がある」とか言ってはいけなくて、地道にやる、ということですね。

枝野: 何よりも、期限を切ってはいけません。相手があることですから。相手(米国)とも合意の上で進めなくてはいけないことです。

―― 7年間にわたる執筆期間では、特に野党の離合集散は大きいものがありました。著書の内容や考え方がアップデートされた部分はありましたか。考え方が変わったり、むしろ確信を深めたり...。

枝野: 書いている中身、つまりコアの部分は、最初から何も変わっていません。ただ、実際コロナ禍が本格化してきて「言ってきた通りだよね、残念ながら」ということになったので、コロナに関連した部分が増えています。さらに、最終局面で(版元の)文春の編集の人との相談の中で、こういう(著書で訴えたような)考え方になったプロセスや、総理になる決意みたいな話についてエピソードを加えた方がいい、と言われて加えたところもあります。普遍主義とか保守とリベラルの話、「情けは人のためならず」については、ずっと変わっていませんね。本を読んだ古くからの知人たちや、17年の立憲民主党を立ち上げからの人たち、当時からの支援者の人たちは一様に「変わらないね」と言いますし、地元の支持者の人たちは、「もう15年20年も同じこと言ってるよね」と言っています。その意味では、ブレない信頼感は、この本でますます高まりました。

政権奪取戦略で本当のこと言う人は「政治家失格」

―― 著書では、政権を取った際の「ビジョン」について語られていますが、有権者にとっては、どのようにして政権を取ってビジョンを実現するかも、ひとつの関心事だと思います。今回の著書では触れていませんでしたね。

枝野: まず、政権を取るための戦略を外で本当のこと言う人は政治家失格です。手の内をさらすなんて、しかも弱い側が、そんなことはあり得ない。もし表に向かって言うとすれば、嘘をついている。自民党をだますための嘘でしかない。それから本ですから、7年というのは少し時間がかかり過ぎましたが、出版社が決まった時点で原稿がほぼ出来上がっていても、2月から実際に3ヶ月かかったわけだから...(編注: 20年12月に枝野氏側が出版社に書籍化を売り込み、21年2月に文芸春秋からの刊行が決まった)。目先の話って本にはしませんよね。そもそも書籍にすること自体が無理なテーマですよね。

―― 「手の内を明かしてはいけない」というのは、枝野代表がよく記者会見でも口にする持論でもあります。ただ、有権者の関心が高い事柄でもあるので、大まかな方向性だけでも、と思ったのですが...。

枝野: だって、1か月後の状況は変わりますよ、この政局は。

―― 著書では、普段の街頭演説や記者会見ではあまり語られない理念や基本的な考え方が示されています。その分、枝野代表や党に対する理解や支持が高まる読者もいそうです。総選挙が近いわけですが、支持率上昇に向けて、著書以外にはどのようなアピールを考えていますか。

枝野: 実は、最大の戦略は「奇をてらわないこと」。今求められているのは、安定と安心です。本来自民党が持っていた、そして自民党に期待されていた安定と安心を、この8年あまり(安倍政権が)ぶっ壊してきて、「むしろこっち(立憲民主党)の方が安定してるじゃん、安心できるじゃん」という構造を作っていきます。その上で、この本は売れたといってもせいぜい2万部で、回し読みしてくれたとしても有権者全体に占める割合はきわめて低い。それでも、(著書で示したような)体系的に網羅的なビジョンを持っていること自体が安心につながるというのが、この本の意味です。奇をてらわずに安心安定、「枝野なら、立憲ならこういうことを言うよね」「それはそうよね、このご時世ね」という理解が広がって、分かる人には「枝野ビジョン」と繋がっていることまで分かる。こういうことだと思うんです。

―― それとなくジワジワと広がっていくという...。

枝野: そういうことなんです。

―― 著書には「立憲民主党の個別政策や総選挙に向けた選挙政策を記したものではない」と断り書きがありますが、立憲民主党が策定中だと思われる政権公約(マニフェスト)は、著書の考え方がベースになり、あまりかけ離れたものは出てこない...と理解してよろしいですか。

枝野: 「ベースにして」という聞かれ方をしてしまうと、(公約は)党としてみんなが考えてまとめ上げるので、先に「結論ありき」みたいになってしまって、私の立場では言ってはいけません。ただ、党で最終的にまとまったものとズレたものを選挙の直前に私が出していたら、そんなことでは選挙にならないわけですから...。党として最終的にアウトプットされるものとズレないという自信があるから出している。むしろこういう整理の仕方が正しいと思うんです。

仮面女子や「VR蓮舫」は「奇をてらっていると思ってない」

「ニコニコ超会議」の民進党(当時)のブースでは、仮面女子を招いたステージが盛況だった(2016年5月撮影)
「ニコニコ超会議」の民進党(当時)のブースでは、仮面女子を招いたステージが盛況だった(2016年5月撮影)

―― 党や政策をアピールする際の硬軟の使い分けについては、どう考えますか。民進党(当時)が出展していた「ニコニコ超会議」のブースでは、16年は仮面女子をゲストに招いたステージ、17年は蓮舫代表(当時)による追及の恐怖を体験できる「VR蓮舫」が盛況でした。「奇をてらわない」ということは、立憲民主党としては、あのようなアプローチからは決別するということですか。

枝野: いや、あれは奇をてらっていると思ってないんですよ。もともと「ニコニコ超会議」という場があって、それは、多くの若い人を中心にネットユーザーが集まって盛り上がっていたわけです。そこに「政党のブースを出しませんか」という打診があって、その場に合わせた出品をするのは当たり前のことです。なおかつ、そこでやっていることについて、無理をしてるつもりはないので...。つまり、いつも言っていますが、野田佳彦さんがアイドルの話をしたり、私がプロレスの話をしていたりしたら、それは無理をしている、奇をてらうことになる。でも私がアイドルのことをやっている分には、普段からしているので、奇をてらっていない。つまり、背丈に合わないことを無理にやらない、ということですね。奇をてらわないということは。自然体なんです。「ニコ超」みたいなイベントが今後あるのかは分かりませんが、オファーがあって、自分の普段話している話とズレていなければ、アイドルネタにも乗ります。

―― 「エンタメ路線=奇をてらう」ということでは、まったくないわけですね。オーソドックスに政策を訴えつつ、ぱっと楽しいコンテンツも展開しながらアピールすると...

枝野: 素の政治家を知ってほしいし、それをできるだけお伝えすることは政治家としての王道だと思っています。そこで有権者に媚びて、実は全然関心ないテーマだけど、「なんか最近注目されてるから」ってやるのは「奇をてらっている」。等身大の私を知ってもらうという範囲であれば、たまたま私の場合はアイドルだったり、カラオケだったりに過ぎない、ということですね。

―― いわゆる「にわか」だと、ろくなことがないですからね...!先ほどアイドルの話が出ましたが、政党代表がアイドルに関する発言をすることには、様々な受け止めがあるようです。記者としては、NGT48に所属していた山口真帆さんの問題など、公共性があると考えるからこそ質問をするわけですが...、ネット上では「枝野さん、よく言ってくれた」という声がある一方で、「他にもやるべきことがある」「質問する記者が悪い」といった声も多数飛んできます。アイドル関係の発信をすることへのためらいや、悩みはありますか。

枝野: 例えば記者会見で、こっちから「ついに峯岸みなみも卒業しましたが~」と、切り出すことはありません(笑)。聞かれて関心があることで、答えられることであれば答えます、でしかありません。あとは例えば「ニコ超」や、(支持者が集まってタウンミーティングが行われたりする)「立憲フェス」みたいな場であったり...それぞれの場に合わせて自然体で臨めればと思っています。例えば今日も、(服装を)どうしようかなと、ノーネクタイ、クールビズですね。でも(NHKの)日曜討論だったら、同じ季節でもネクタイ締めていくんだよね...という、それは自然に判断することではないでしょうか。

―― 仮に「枝野総理」になったとしても、アイドル関係の質問には同様に答えていただけるわけですね。

枝野: 聞く方が聞きにくくなると思いますけどね...!(立憲民主党の)代表になったことで、聞きにくくなっていますから。(民進党の)幹事長時代の方が、もっと聞かれてます。(幹事長会見と代表会見という「場」の違いについて)ネット番組と日曜討論のような違いはあるようです。

枝野幸男さん プロフィール
えだの・ゆきお 1964年栃木県宇都宮市生まれ。 87年東北大学法学部卒業。 91年弁護士登録。 93年日本新党より立候補し衆議院議員初当選。新党さきがけを経て 96年の民主党結成に参画。2009年からの民主党政権では官房長官、経済産業大臣等を務める。17年立憲民主党を設立し、代表に就任。

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