乃木坂46の27thシングル「ごめんねFingers crossed」が2021年6月9日にリリースされた。表題曲はすでにメディアでOAされ、MVもYouTubeでの公開1か月あまりで再生回数410万回(11日現在)に達している。
この曲がOAされた時、「YOASOBI感」という感想がリスナーの間から生まれた。音楽ユニット・YOASOBIのヒット曲、特に「夜を駆ける」とサウンドが似ているのではないか、というものだ。
確かに両曲を聴いてみると楽譜すら読めない記者でも似ているように感じてしまうが、これは偶然だろうか。楽曲そしてリリースに合わせたプロモーションの意図を探ると、最新の音楽カルチャーを捉えにきている様子が見えてきた。
似ているのはサウンドだけではない?
「ごめんねFingers crossed」のMVは21年5月13日に公開された。リスナーに強い疾走感を与えるこの曲は、とりわけ歌い出し直後のピアノの打ち込み音が目立ち、カーレースが展開されるMVと相まってスタイリッシュな出来栄えだ。
確かにピアノサウンドの使い方やテンポの速さは「夜を駆ける」とも通底する印象を受ける。作曲は杉山勝彦さんとAPAZZIさんの合作、編曲はAPAZZIさんであり、両人とも乃木坂46の楽曲を数多く制作してきた、グループとファンには信頼あついクリエイターである。
しかし、乃木坂46側は単にメロディーを似せてきた、というわけではないようだ。アイドル楽曲に詳しく、その分析記事も執筆しているライターのガリバーさんは「表面的にはそう聴こえるかもしれませんが、運営側が狙ったのは楽曲構成だけでなくその背景にあるのではないかと思っています」と分析する。
曲と映像を一体でコンテンツ化
YOASOBIは「夜に駆ける」に限らず、物語を音楽にするユニットである。原作となる小説があり、MVではそのストーリーをイメージしたアニメ映像が流される。作曲担当のAyaseさんがボカロPだったことが示すようにネットカルチャーとの親和性も高い。
ガリバーさんはYOASOBIについて「音楽ジャンルで括るというより、物語と楽曲の関連性で語られるべき関係性かなと思っております」と考え、「ごめんねFingers crossed」は曲そのものよりも、楽曲を背後のストーリーと一体で消費するという文脈を取り入れようとしたのでは、と推測する。
「今回、乃木坂としては珍しくMVの公開前にストーリー特設サイトが公開されました。物語があり、そこに様々なネット民が音楽や歌詞や踊りをつけて世界観を広げていく...それを狙ったようなかなり細かいキャラ設定が見受けられます」(ガリバーさん)
通常、シングル曲のリリース時はショートバージョンのMVのみが事前に公開されるのが恒例だったが、今回はロングバージョンでかつ、MVの中の配役や人物の背景まで詳細に特設サイトで公開されている。
カーレースを繰り広げるのは遠藤さくらさん・与田祐希さん・賀喜遥香さんと山下美月さん・齋藤飛鳥さん・生田絵梨花さんの2チームで、それぞれのメンバー同士に因縁があり、さらに彼女たちの友人やサポートする整備士(これらも乃木坂のメンバーが演じる)が登場、彼女たちにもサイドストーリーがある、といった具合だ。楽曲が持つ都会的センスがMVで強化されてファンに伝わっているかのよう。
映像や、グループそのものにもストーリー性を込めるという、ボーカロイド文化とも近接するプロモーションを展開してきたアイドルグループにはsora tob sakana(20年解散)やMaison book girl(21年5月活動終了)があった。いずれも現在は活動終了しているが、楽曲と映像やグループカラーを一体としてコンテンツ化する手法自体はアイドルグループでもあり得る。乃木坂46が「寄せてきた」としても不自然ではない。
「ヨダユキ」も「YOASOBI」との言葉遊び?
「ごめんねFingers Crossed」に合わせて制作され、初回仕様限定盤に収録されるメンバー全員の個人PVも注目を集めている。
こちらも全員分の予告編がYouTubeで公開されているが、与田さんのPV予告編のタイトルが「ヨダユキ」、作中で与田さんが歌っている楽曲もどことなくYOASOBIやボカロ曲風のエレクトロポップだった。「ヨダユキ(YODAYUKI)」と「YOASOBI」の言葉遊びでひそかに意識しているのでは――とファンの間で話題になっていた。
「全員の個人PVが制作されたのも久しぶり(2017年の『インフルエンサー』以来)ですが、姉妹グループの日向坂46でも5thシングル『君しか勝たん』でも個人PVが制作されています。
オリジナル曲を制作したり、ドラマ仕立てだったり、メンバーの特技を活かしたりと内容は様々ですが、曲単体ではなく映像も含めてファンに楽しんでもらい、またメンバーと制作スタッフの才能を自由に活かしたい各グループ運営の意図がうかがえます」(ガリバーさん)
「ごめんねFingers crossed」と一連のプロモーションは、ただ流行のサウンドを取り入れてきた以上に、ネットカルチャーから発した音楽エンタメの消費スタイルを敏感にくみ取ったものではないだろうか。