外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(40)哲学者スラヴォイ・ジジェク氏と考えるパンデミックの意味

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リーマン・ショックの意味

   次のインタビューは2008年秋、リーマン、ブラザーズの破綻を引き金に起きたいわゆる「リーマン・ショック」の激震が続くさなかに行われた。ここでは、当時の取材メモをもとに、ごく簡単にインタビューの内容をご紹介したい。

   ━今回の金融危機をどう受け止めますか。

   89年にベルリンの壁が崩れた時「社会主義」という夢が終わった。代わって登場したのが「自由市場」と「リベラル民主主義」の結びつきという新しい夢だった。90年代のグローバル化を通して、この夢が世界に広がった。

   今世紀のほぼ10年で明らかになったのは、この新ユートピアも終わったということだ。まず01年9月11日に、「世界に広がるリベラル民主主義」という側面が、象徴的な意味で終わりを迎えた。世界中で国々や人々を隔てる新しい「壁」が生まれた。イスラエルと、パレスチナ自治区ガザ地区、ヨルダン川西岸には文字通りの壁が建てられ、米国とメキシコの間には、不法移民を防ぐフェンスが築かれた。

   第二に08年の金融危機が教えたことは「市場万能の資本主義」という他の半面も破綻したということだ。私たちは、市場を維持するためにさえ、強大な国家の介入が必要だという現実を目にしている。グローバル化の中では市場が統合され、国家の役割は縮小するという説は正しくない。

   ━成熟した資本主義でも国家の役割は消えない、と。

   米国は規制緩和を推し進めたレーガン政権、最近のブッシュ政権下でも、いつも経済に政治が介入してきた。「政治から中立な市場」というのは幻想に過ぎない。

   たとえばアフリカのマリでは、南部の綿栽培と、北部の牛飼育が二大産業だったが、グローバル化による「市場開放」で大きな打撃を受けた。米国は国内の綿栽培業者に、マリの国家財政を上回る補助を与えており、EUは牛一頭ごとに年間5百ユーロの財政支援をしている。マリ政府は「援助や助言はいらない。ただ、われわれに求めた市場開放を、欧米にもあてはめてほしい」と訴えている。「自由市場」というのは幻想で、これまでも各国は、自国優先の原則で行動してきた。

   ━この危機にあたって、何が必要とお考えですか。

   90年代、政治家が何かを決断するより、市場本意に任せた方が賢明だという風潮が支配的だった。しかし危機に際しては、「重大な政治決定」が必要だ。経済危機だけでなく、この10年の間に環境、食糧、貧困層など、取り組まねばならない問題は急速に悪化している。再び政治の出番が来ている。その際、私たちは1929年世界恐慌後に、ヒットラーが危機の原因を「ユダヤ人の陰謀」などと解釈し、不幸にも人々がそれを受け入れた歴史を忘れてはならない。同時に、中央に権限を集中させる社会主義システムが、資本主義より機能しなかった歴史も忘れてはならない。

   ━オバマ米新政権への期待が高まっています。

   ブッシュ大統領は、今回の金融危機で、9・11の時と同じレトリックの演説をした。米国は国家的に危機に瀕しており、今は団結しよう、と。今はこうした軍隊式の国民動員は無意味だ。「敵」は、われわれのシステム自体かもしれないのだから。それに対し、オバマ氏は、問題が単純には解決しないことを伝え、「政治の再生」を訴えようとしている点で、より賢明だ。

   ━金融規制など、国際協調の必要性が語られています。

   今回の危機で明らかになったのは、資本主義の全システムが、「信頼」の一点に支えられているということだ。「信頼」が崩れたら、資本主義は破局を迎える。「新ブレトンウッズ体制」が必要だが、それはより政治的なシステムであるべきだ。人々に「信頼」を与え、市場を組織化し、制御可能なものとするべきだろう。「市場を放置しておけば、神の見えざる手が働いて万事うまくいく」というのは幻想に過ぎず、やがては地球規模の破局を招く。

   世界システムは、米国の一極支配から、多極化に向けて変わりつつある。今は、冷戦時代のような明確なルールがない。ここでも、国際社会には「政治決定」による「信頼性」の回復が必要だ。

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