外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(40)哲学者スラヴォイ・ジジェク氏と考えるパンデミックの意味

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グローバル化がもたらす「分断」

   05年末のインタビューのテーマは「分断」だった。

   冷戦の崩壊後、一時はフランシス・フクヤマ氏が「歴史の終わり」と定式化した楽観的な予測が流行した。冷戦の終わりによって世界は単一市場になり、自由主義の実現によって「歴史」のプロセスは完結する、との見立てだ。だが2001年の米国への同時多発テロ事件以降、アメリカの一極覇権説は大きく揺らいだ。世界は単色に染まるどころか、各地で壁が作られ、「分断」がキーワードになろうとしていた。ジジェク氏へのインタビューの主眼は、なぜグローバル化が国の内外に「分断」をもたらしたのか、という問いだった。

   ジジェク氏はまず、グローバル化が「統合」をもたらすのではなく、逆に分断をもたらす、という逆説を指摘した。

「9・11事件以降、あらゆる国はテロを警戒し、国境にそびえる見えない『壁』を強化した。もう一つ、人が自由に行き来できるグローバル化は、緊張をもたらす。スペインにできた移民排除の『壁』はその象徴だ」

   だが、より重要なのは、グローバル化が国家間の「壁」だけでなく、国家内に文化の「分離壁」を築きつつあることだ、という。

   グローバル化の恩恵を受ける上位の中産階層は日本料理や世界のエスニック料理を楽しむ。だが一般の人はふつう、どの国でもファストフードしか食べることしかできない。さまざまな人が自由に集う公共空間は狭まり、人々は、一定の人にしか入場を許さない閉鎖空間で、同じような人としか出会わなくなる。米西海岸にできつつあった外壁で治安を維持する「ゲーテッド・コミュニティ」がその象徴だ、とジジェク氏は指摘した。

   つまり、グローバル化の結果、社会は分断・解体する方向にむかう。どの国も愛国心や国家への犠牲精神のなさを嘆くが、これはグローバル化の必然だ、という。ジジェク氏は、当時急速に最貧国で広がる「スラム化」現象や、その前年にパリ近郊で起きた移民3世による暴動事件などを引き合いに、新たな「持たざる者の反乱」を、こう要約した。

「彼らは具体的な要求を掲げない。ただ、『おれたちはここにいる。無視せずに認めてくれ』と叫んだ。つまり、社会における不可視の存在が、可視化を求めた抗議であり、そこが68年を頂点に盛り上がった、理想を掲げた若者の社会運動との決定的な違いだ」

   これに対し、旧来の政治勢力もリベラル派も、何のプログラムも提示出来ていない。

   ジジェク氏は当時の米国について、次のように語った。

「環境主義者はかつて、『グローバルに考え、ローカルに行動する』という標語を掲げたが、今のアメリカは『ローカルに考え、グローバルに行動する。』という規範に従っている今の米国は、米国が世界を必要としているほどには、世界から必要とはされていない」

   そのうえでジジェク氏は、当時の米国を新しいタイプの「緊急事態国家」と呼んだ。

「かつての緊急事態国家は民主社会の対立物だった。今の反テロ緊急事態国家は、日常生活と共存し、中にいる人は気づきもしない。そこでは公の場で拷問を正当化するなど、モラルの劣化が起きている」

   当時隆盛しつつあった中国は、まだ自らを「社会主義市場経済」と定義し、マスコミもそう紹介していた。だが、ジジェク氏は、当時から、その本質を見抜いていた。

「今の中国は、権威主義的資本主義だ。中国は、伝統や既成勢力を一掃した『文化大革命』にもかかわらず資本主義になったという人がいるが、それは違う。文化大革命で残存遺制を破壊したからこそ、資本主義化の道が開けた。『共産党にもかかわらず』経済で躍進したのではなく、『共産党支配ゆえに』躍進したのだ」

   そのうえでジジェク氏は、当時の経済体制は、米国流の「新自由主義資本主義」と中国流の「権威主義的資本主義」に二分されつつある、と語った。

「それぞれが自信に満ち、自らを誇りに思っているだろう。しかし私は、自己懐疑的で、自己満足しない欧州型の資本主義を目指すべきだと思うし、そこに希望があると思う。私たちは疑うことをやめてはいけない」

   その後、私は何度も、そのジジェク氏の警句を思い起こすことになった。

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