ニンテンドースイッチ用のソフト「リングフィット アドベンチャー(RFA)」を数ヶ月使用したところ、腰痛、臀部(でんぶ)痛が改善し、痛みに対する自己効力感も向上した――。
こんな研究結果を千葉大などのチームが論文にまとめ、国際専門誌への掲載が決まった。
8週間プレイしたところ...
RFAは、任天堂が19年10月に発売したフィットネスゲーム。専門家が監修した60種類以上のトレーニングメニューで全身を鍛えられ、累計販売は1000万本を超える。
研究は、医師・医学博士の佐藤崇司さんらによるチームが行った。論文のタイトルは「任天堂リングフィット アドベンチャーが慢性腰痛患者の痛みと心理的要因に及ぼす影響について」。
無作為に選んだ慢性腰痛患者20人(平均年齢49歳)を対象に、RFAを週1回40分使用してもらったところ、8週間後に腰痛、臀部痛が優位に改善し、痛みへの自己効力感(前向きさ)も向上した。対照群として内服治療を行う患者20人(同55歳)も用意したが、こちらは有意な改善がみられなかった。
論文は査読が通り、学術誌『ゲーム・フォー・ヘルス・ジャーナル』に掲載を予定する。4月下旬に、文献データベース「パブメド」で先行公開された。
きっかけはSNSの書き込み
共同第一著者で、千葉大医学部助教の清水啓介さんに話を聞いた。
――研究の動機は
これまで我々は長年に渡り、どこへ行っても(受診しても)治らない、どんな治療を受けても消えない腰痛を抱えた多くの患者様を、県内外のあらゆる地域から受け入れて真摯に向き合ってきました。
最新の薬剤や注射、リハビリテーション、認知行動療法、必要な方には手術など、ありとあらゆる方法を試みてきましたが、慢性腰痛症の患者様の多くがそうした治療に対しても好転せず、我々もまた悔しくやり切れない想いを抱えてきました。これまでの治療とは根本的に異なる、腰痛治療のブレイクスルーとなる全く新しい試みをずっと求めていました。
――RFAが腰痛改善に効果的だと仮説を立てた根拠は
これまでに行われた多数の研究で、腰痛や肩こりなどに運動療法(リハビリテーション)が効果的であることは事実としてわかっていましたが、運動はどうしても辛く厳しいイメージがあり、また多くの慢性腰痛の患者様はそうした通院リハビリテーションを様々な理由で脱落されているという経緯がありました。
やや専門的な話題となりますが、慢性的な痛みを有する人は中枢性疼痛抑制機構や下降性疼痛抑制系といったドパミン系の痛みのブレーキシステムが脳内でうまく機能していないことが多いと思われます。ドパミンとは一般的に達成感などで分泌される神経伝達物質であり、慢性腰痛になると趣味が続けられなかったり、今までできていたことができなくなったりするためドパミンが放出されにくくなり、意欲も低下するという負の連鎖を起こします。
RFAが発売された当初、SNSで「RFAで腰痛が改善した」「肩こりが改善した」という書き込みが散見され、実際にRFA自体にも腰痛や肩こりの改善プログラムが組み込まれているなど、医療器具ではないものの明らかにそうした痛みを改善させることを意識しており、また任天堂株式会社様のお家芸とも言われるプレイヤーをゲームに夢中にさせる技術が素晴らしく、この組み合わせであればもしかしたら我々の抱えている多くの慢性腰痛患者様を救えるかもしれない、と思い立ったのが本研究のきっかけです。
効果があったRFAならではの特徴は?
――RFAのどのような側面が腰痛改善につながったと考えられますか
今回の結果についての考察として、複数の要素が痛みの改善につながった可能性が考えられました。一つには、エアロビクスなどの有酸素運動、筋力トレーニングなどの無酸素運動、呼吸と筋肉の弛緩を重視するヨガなどのあらゆるタイプの運動が取り入れられ、全身運動により身体の筋肉や関節の血流が改善したり柔軟性が増したりした結果、痛みを改善させたという可能性。
もう一点は心理面の効果として、ゲームへの没入感や各ポイントのクリアによる達成感など、自身の運動を原動力とした成功体験が脳のドパミンシステムを改善し、自覚していた疼痛(とうつう)が緩和したとも考えられます。ちなみに本研究は全ての患者さんが楽しく参加され、途中脱落者は0でした。
――効果はリングフィットならではといえるでしょうか
先ほども挙げた通り、運動療法が運動器の痛みに効くことは以前からわかっていたことですが、その運動を老若男女の誰しもが効果的に継続をすることができるか、ということが大きな問題点でした。
RFAの運動プログラム自体はフィットネスクラブで指導してもらえるものと変わりはないと思いますが、RFAの卓越したゲーム性により、汗をかきながらもゲームのストーリーに引き込まれ、様々な難所をクリアしていくことで脳内の報酬系が働き、辛い運動を驚くほどの持続力で継続させるという、これまで誰にも出来なかったことに成功した、稀有な治療デバイスだと思います。
他のフィットネスゲームについては検討をしておりませんので、今回は批評を差し控えたいと思いますが、ゲームのノウハウを詰め込んだ今回のようなexergamingソフト(フィットネスゲーム)の登場はこれからの時代に切に望まれると思っています。
脳波測定などさらなる研究も
――研究の限界と今後の課題について
本研究の限界として、いくつかの点が挙げられます。
1、 本研究では、exergaming(RFA)と従来の運動療法の比較検討をしていないため、慢性腰痛患者の疼痛改善効果について、exergamingの(従来の運動療法に対する)相対的な優劣を論じることはできない。
2、 本研究では、RFA群においても、それまでに処方されていた内服薬を変更・中止することなくRFA介入を行なった。本研究で内服薬投与群と比較してRFA群での治療効果優位性が示されたが、その結果について内服薬の効果を完全に排除することは出来なかった。
3、 本研究では、週1回40分(ゲーム内でカウントされる純粋運動時間ではなく、現実のゲームプレイ時間)のRFA エクササイズを行なった。今後、慢性腰痛の改善に最適なプロトコルを見つけるために、エクササイズの頻度とプレイ時間について更なる分析が必要である。
RFAが慢性腰痛に有効であることは示されましたが、脳内でのメカニズムなど、未だ不明なことが多く残っています。我々は今後、慢性腰痛患者様にRFAプレイ中に脳波を測定させて頂いたり、MRIなどの画像機器を駆使したりして、RFAプレイ前後やプレイ中の脳活動について、更なる考察を行なっていきたいと考えています。