雨風の中開催されたジャパンサイクルリーグロードレースツアーの第2戦、ゴール1着を「ゴルシポーズ」で走り抜けた選手がいた。宇都宮ブリッツェン所属のプロロードレーサー・小野寺玲選手(25)である。
愛称は「オノデライダー」。かなりのアニメ好きとして知られており、SNS上では「日本で一番自転車ロードレースが強いオタク」と評する声もある。ゴールを切る際にはアニメなどから着想を得たポーズ「オノデライダーポーズ」を披露するのが恒例となっており、今回の「ゴルシポーズ」も人気ゲームから着想を得たものだという。
J-CASTニュースは2021年4月5日、小野寺選手の「ポーズ」にかける思いやアニメ好きだという素顔に迫った。
(聞き手・構成/J-CASTニュース編集部 瀧川響子)
「ゴルシポーズ」を決められたことに安堵
ジャパンサイクルリーグロードレースツアーの第2戦宇都宮清原クリテリウムが2021年3月28日に開催された。クリテリウムとは周回コースを争う自転車ロードレースのことで、今回の舞台は宇都宮市清原工業団地。当日は雨風に晒され、落車してしまう選手も現れた。
そんな悪条件の中、1着でゴールを切った小野寺選手は、右手を高く左手は肩あたりに掲げ、跳ね上がった馬のように構えた。アプリゲーム「ウマ娘プリティーダービー」に登場するキャラクター「ゴールドシップ」が、レースで勝利したときに披露する1着のポーズだ。小野寺選手は今回の優勝で、宇都宮清原クリテリウム4連覇を達成した。その喜びを、キャラクターのポーズを用いながら全身で表現したのである。
――まずは今回の4連覇達成についての感想をお聞かせください。
「素直に嬉しいのとほっとしているというのが一番でしたね。4連覇を期待する声が多く寄せられてきた中で、もし達成できなかったら、自分も落胆するでしょうし、楽しみにしてきてくれた人たちを落胆させてしまう。そうなってしまったらどうしようという不安も抱えていたので、まずしっかりとゴールでポーズを決められたことに安心しました」
――「ポーズを決められたこと」ですか。
「僕が今までポーズを決めているレースというのは、割と勝ちを確信して予習をしてきています。しかし今回に限っては最後までハラハラドキドキ、自分自身も最後まで余裕がなかったので『ポーズができるか』というのも不安要素の一つでしたね。後から映像や写真を見て、何とかわかる形になっていて安心しました」
――非常にきれいに決まっていましたが、やはり練習されてきたんですね。
「ゴールスピードとなると時速60~70キロくらいになってくるので、そこで危険な動きにならないように、安定してきれいなポーズをとるというのは、けっこう難易度が高く練習が必要です。
『ゴルシポーズ』については、知ったのがレース1~2週間くらい前。SNSなどで見たときに『あっこれ使えるかも』と思って、調べたら『ウマ娘』に出会い、アニメを見て、ゲームをやり、『このポーズ』だというところにたどり着きました。
そして『自転車の上でどうしたら見栄えが良くなるか』とか『どのくらいまでなら安全にできるか』というのを、だれにも見つからないような場所で一人、鏡を見ながら練習しました。
ただ本番は本当にキツイ中、最後の一瞬で披露するのでどうなるか分かりません。とりあえず頭の中で、これをやるぞっていうイメージをひたすら高めていました」
――そういえば小野寺選手は「ウマ娘」の育成と自身のトレーニングとは通じるものがあるとブログに記されていますが、それはどんな点でしょうか。
「『ウマ娘』の育成のモードでは、スピード、スタミナ、パワーなど5つほど育成項目があり、一つ一つ練習メニューをこなしていくと、当然体力も減るしモチベーションも変動します。すごく生々しい現実をゲームにも落とし込んでいる。自分もお休みすれば体力が回復するし、お出掛けすればやる気も上がります。
またそれぞれのウマ娘の特性に合ったトレーニングを進めていき、目標とするレースに勝っていく流れが、僕たちロードレース選手のやっていることそのものだったんですね。ロードレースでも、脚質に合ったトレーニングをしてしっかり休養を取ってレースに向けて調整していきます。そういった共通点を感じて、奥が深いなと思いましたね」
ちなみに小野寺選手は「スプリンター」と呼ばれる脚質で、ゴール前にスパートをかけて勝負するタイプだ。
「僕のすべてが変わっていました」小野寺選手を変えたアニメとは?
――「ウマ娘」以外にもソーシャルゲームには取り組むのでしょうか。
「同じCygamesからリリースされたものだと『プリンセスコネクト!』がすごく好きで、最初期のものが終わってからは続編『プリンセスコネクト!Re:Dive』もプレイしています。ほかには『ラブライブ! スクールアイドルフェスティバル』、『Fate/Grand Order』もやっていますね。あと最近はログイン率が悪いんですけど、『ガールフレンド(仮)』とか。声優さんのボイスが入ったものにすごく魅力を感じて、その声を楽しむためにフルボイスのゲームとかをダウンロードして楽しんでいます」
――声優さんだとどなたが好きですか。
「たくさんいるんですけど、僕が推しているのは悠木碧さんですね。僕の好みのキャラクターをたくさん演じていまして、中でもアニメ『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の比企谷小町が一番大好きです。悠木さんを知ってから、アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』などたくさん見て、さらに惹かれていきました。演技なども含めていちばんの推しです」
――人生で影響を受けたアニメ作品はありましたか。
「僕のすべてを変えたのは、アニメ『CLANNAD(クラナド)』です。原作はゲームですが、実は僕がオタクになるきっかけとなった作品の一つです。すごく衝撃を受けて、『アニメの世界ってこんなにも表情豊かで色んな感情があって、面白い世界なんだ』ということをこの作品に気付かされました。そこからアニメランキングなどをネットで調べて、所謂『神アニメ』と言われるものを一通り見ていったんですよ。その過程で『こんな作品もある、あんな作品もある』ってどんどん手を出し始めたら、いつの間にかアニメの世界に浸かっていて、毎日アニメを見ているような生活になっていました」
――この作品に出会ったきっかけは何でしたか。
「高校卒業1年目のプロデビューの年に、ルームメイトになった人がきっかけでしたね。僕は高校卒業と同時に、前のチーム『那須ブラーゼン』に所属し、当時のチームの合宿所にシェアハウスのような形で住んでいました。その時のルームメイトが同い年で、僕にアニメの世界を教えてくれました。
僕が怪我をして練習もできなかった時期に、部屋の中でできる良い暇つぶしを探していました。そしたらそいつが『じゃあアニメ見なよ』って言ってくれて、初めて僕に見せたのが『CLANNAD』だったんですよ。25話×2クールの全50話だったんですけど、それを全話見終わったときには僕のすべてが変わっていました。
それから2人でいろいろな作品を見ていって、いつの間にか2人で同じようにタイムリーなアニメを追うようになって、『昨日のあれ見た?』みたいな話が始まって...ひたすらアニメな2年間でした。その後そいつとはバラバラのチームになってしまっていますが、時々レース会場で会ったときに『今期なに見てる?』って話しかけます。レース中にアニメの感想を話し合うっていう(笑)」
――小野寺選手は名作から旬なものまで、かなりたくさんのアニメを視聴しておりますがどのように時間を作っているのでしょうか。
「一般的な社会人に比べると比較的時間がありますよ。平日はトレーニングが4時間から長くて6時間くらい。それさえ終わってしまえば後は自分の体の回復に充てる時間なので、フリーの時間はほかの人よりも長いですね。その時間ほぼすべてをアニメにつぎ込んでいます。アニメを見ながら体も心も回復させて、また翌日のトレーニングに挑む。こういうサイクルをほぼ毎日繰り返しています」
推しが死んだらどうするの?
――これは「オタクあるある」だと思うのですが、「推し」が死んでしまったときはどうするのでしょうか。
「一週間は鬱になります。死んでしまったり、バッドエンドに終わったりする場合、僕は大体回復までに一週間を要しますね。他の作品も見られなくなってしまう。ひたすらそのアニメをループし、推しキャラが生きていた頃のかわいいシーンを繰り返し再生したり、作中の曲を聞いてひたすら感情移入し続けたりして立ち直る。そして次の作品にいく」
――トレーニングやレースには響かないんでしょうか。
「響くことはありますね。僕はレース前に集中するためや気分を紛らわすために、ルーティンとしてアニメを見ていますが、そういう時に偶然、いわゆる『鬱アニメ』に出会ってしまったことがありました。初めて見る作品は物語の展開が分からないので。
鬱アニメに出会うと、作品の中に自分の感情が置いてけぼりになって次の日も引きずってしまう。レースやトレーニングに集中できなくなる。
一回レース前に『甲鉄城のカバネリ』を見たときは翌日ダメでしたね。描写がきつすぎてそれを引きずってしまった。」
――小野寺選手でもそういうことはあるんですね....
「ええ、しかし今回のクリテリウムのように絶対に自分が勝たなくてはならないレース前は、新しいアニメを見るのではなく過去の自分が好きなアニメを見るようにしています。あとは先のストーリーに心配のない作品を見るなど対策をしています。
オタクは影響を受けやすいですけどコンディションのコントロールはしやすいので、逆転の発想で、尊い作品を見ることによって次の日をいい日にしています。例えばレース前、どんなに疲れていてやる気がなかった時でも、アニメをみて笑ったり『ご注文はうさぎですか?』のようなほんわかしたアニメをみて和んだりすることで、翌朝の自分の気持ちをフレッシュにしています。アニメは僕のすべてですね」
――非常に参考になるお話ですね、ありがとうございます。
ゴルシポーズへの反響、どう受け止めた?
――さて今回、オタクレーサー・小野寺選手が優勝して「ゴルシポーズ」を決めたことについて、ロードレースファンだけでなくアニメファンたちからも注目が集まりました。このような反響についてどのように受け止めておりますか。
「正直自分自身でもびっくりしていて。今までも同じように『オノデライダーポーズ』を披露してきたんですけれども、今回のリアクションは桁違いでした。自転車業界にとどまらず、アニメファンの方々もすごく反応してくれているのはすごく嬉しかったですね。
これまでにもアニメ好きということをアピールしてきたのですが、なんせマイナーな業界なのでなかなか見てもらえませんでした。それが今回『ゴルシポーズ』で話題にしていただけて、いろんな人の目に触れ、『アニメ好きのプロ選手がいるんだな』と認知度が上がったことはすごく嬉しく思います」
――これまでの「オノデライダーポーズ」はどんな作品を参考にしていたのでしょうか。
「初めは仮面ライダー1号のポーズでしたけど、アニメ作品以外もあって、マイケル・ジャクソンや、フィギュアスケートのポーズを参考にしたときもありましたね。アニメ関連でいうと、『ジョジョの奇妙な冒険』の立ちポーズを参考にしたこともありますし、昨年の同じレースでは『坂本ですが?』っていう作品から、本当にマニアックなシーンの一部を抜粋して、ポーズを決めたこともあります」
――ファンの方からは気づいてもらえましたか。
「本当にごく一部の方に気づいた方がいらっしゃったんですよ。たぶん分かんないだろうなと思ってブログで紹介したんですけどね」
――今後披露したい「オノデライダーポーズ」のストックはあるのでしょうか。
「そうですね、ストックがそんなにある訳ではありません。アニメなどを追いながら、タイムリーになっているちょうどいいポーズがあればすぐに自分に落とし込んでいます。 また勝つときは必ずなにかしらのポーズを用意しておきたいので、そういったインスピレーション元としてもアニメを見るのが日常生活になっていますね。」
――それでは、アニメをきっかけに小野寺選手に興味を持った人々向けに、自転車ロードレースの魅力をお聞かせいただけますか。
「自転車ロードレースは選手と観客の距離がより近く、五感を使って楽しめるスポーツです。身近な乗り物である自転車が、考えられないようなスピードで走り抜けていく。それに伴う風圧だったり、選手の息遣いだったり、ブレーキの臭いだったり、そういった迫力を感じられると思います。
また僕みたいに乗り物好きな人は、メカの面で好きな人もいます。F1などのモータースポーツのマシンは、一般の人がプロと同じものを手に入れることは困難だと思います。しかし自転車についてはプロ選手が使っているものと同等のスペックのものを普通の人でも買えます。プロ選手と同じ機材を使って、同じように楽しめるというのが、機材好きの人にとっては面白い要素かなと思っています。
それと、どんな世界にもアニメ好きやマンガ好きはたくさんいます。とはいえ、アニメを原動力にしている選手はなかなかいないと思います。ロードレースには、好きすぎてポーズまでとっちゃう変な選手がこの世界にもいるんだよというのを、これを機に知ってもらえたら嬉しいです」
――最後に今後の抱負についてお聞かせください。
「レースに勝つ。ポーズをする。これが今後の抱負、目標になります。
新しいポーズをするためには、またレースに勝たなければならない。やっぱりそういうのがモチベーションに繋がっていますね。
また今回のようなクリテリウムでは勝ったことがあるんですけれども、もっと距離の長いロードレースではまだ勝ったことがないので、そういったロードレースでも勝ちたいです」
小野寺選手は、次の目標に向けてまた新たなアニメを視聴し始めた。記者もお気に入りのアニメ「だがしかし」。取材時にポーズが面白いと小野寺選手に勧めたところ4月7日、すっかり気に入ってしまったとブログで報告していた。いつかゴールの先で「だがしかし」のポーズを披露する小野寺選手を見ることができるかもしれない。
影響されやすい僕 - オノデライダー戦記 https://t.co/YM0qcYYeRp
— 音速戦士オノデライダー(CV:小野寺 玲/REI ONODERA) (@maverick_rei) April 7, 2021