新型コロナウイルス感染症の拡大により、多種多様な業種が苦境に立たされた。個人が趣味で制作する本「同人誌」の印刷に携わる、いわゆる「同人誌印刷所」もその一つである。
コミックマーケットをはじめとする多くの同人誌関連イベントが中止となり、受注が激減しているのだ。
そんな状況を受けて動いたのが、映画の配給などに携わるTCエンタテインメント(東京都港区)。同人誌印刷所「栄光」(広島県福山市)に、映画パンフレットの印刷・製本を依頼した。
J-CASTニュースは、両社にパンフレットの制作経緯などを取材した。
同人誌印刷所の「少しでも足しになれば」
TCエンタテインメントが依頼したのは、大人気映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー(BTF)」の公開35周年を記念したパンフレットだ。2020年12月4日から4Kニューマスター、日本語吹替版&字幕版を映画館で上映するのに合わせ、劇場販売アイテムとして制作した。
依頼を受けた栄光は、多くの同人作家から親しまれている老舗の同人誌印刷所だ。しかしコロナ禍を受け、同人印刷の注文が激減してしまったという。同社の代表取締役社長である岡田一さんは昨年、J-CASTニュースの取材にその苦境を明かしている。(「『同人誌印刷所』の窮地は、日本の『同人文化』の危機だ 業界組合・イベント主催が語る『生態系』」、2020年7月28日配信)
TCエンタテインメントは、こうした状況を受けて同人誌印刷所への依頼を検討したという。
「コロナ禍でコミケや同人イベントの中止が相次ぎ、印刷会社が苦境というニュースを目にしておりましたので、少しでも足しになればと考えた次第です。
もともと『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のリバイバル上映は、今回配給協力していただいている映画ファン団体"V8J絶叫上映企画チーム"が上映リクエストを募ったことから始まった企画でしたので、ファンありきの動きができないかと考えていました。
それで同人誌印刷会社を検索する中で、特殊加工を得意とする栄光さんが目に留まり相談しました」
実際に栄光の特殊加工技術は、同人作家の間で根強い人気を誇っている。同社は20年8月に印刷注文用の資料として「栄光 特殊装丁本 2020」という有償の見本誌を発行したが、初版1000部はわずか90分で完売。現在までの累計販売数は5500部を超えたという。
苦境に立たされた印刷所への購入支援といった意味合いもあるとはいえ、税込み1540円の「見本誌」が大ヒットしたこと、その本で展開された栄光の特殊装丁技術は、SNS上を中心に話題となっていた。
大好評のパンフレット、そのこだわりは?
そんな栄光が印刷・製本を手掛けたパンフレットの売れ行きは好調で、映画館では完売が相次ぎ、増刷も行われた。TCエンタテインメントによると、上映回によってはほぼすべての観客が購入していったという。
「映画パンフ、特に洋画パンフは一般的に来場者の10-20%の購入率なのですが、本作は約50%のお客様にご購入いただきました。コアファンに喜んでいただけるものが出来てよかったです」
担当者は、パンフレットのこだわりについてこう話す。
「パンフとしては異例の64Pの厚さで、表紙もそれに相応しい豪華なものにできればと栄光さんに相談しました」
SNS上では、パンフレットの内容はもちろん、特殊加工の施された豪華な表紙などの製本や印刷も好評だった。
表紙には、「エンボスニス加工」という特殊印刷が用いられている。2種のニスを用いることで、ザラザラした凸凹部分とツヤツヤした光沢部分が生まれるというものだ。栄光の担当者によれば、「様々な特殊加工に対応する同人誌印刷業界でも珍しい加工」だという。
実際にパンフレットを光に当ててみると、表紙のロゴ部分やデロリアン(劇中に登場する車)のナンバープレートはツヤツヤと光るのに対し、パンフレット全体はザラザラとした重厚感を感じるようなデザインとなっている。さらに裏表紙では、ロゴをカラー印刷ではなく質感の違いで浮き出させていた。
TCエンタテインメントの担当者は、手に取ってみてほしいと話す。
「公開が昨年12月で、コロナ禍で劇場に来られなかった方も多くいらっしゃいました。当初劇場限定で販売していたパンフも現在は通販も開始しましたので、そういった皆様にも読んでいただけたら嬉しいです」
21年4月1日から始まった通販も非常に好評だそうだ。
同人誌印刷で積み上げた実績が評価に繋がっている
栄光の担当者は、パンフレットの反響について「映画自体の魅力と『映画秘宝』のスタッフの皆様の映画愛が溢れた内容」によるものだとしながらもこう述べた。
「奥付に『印刷:株式会社栄光』と記載頂けるのは光栄なことです。増刷のお仕事は感染拡大で同人誌の仕事が減っていた年始の時期でした。本当にありがたかったです」
また栄光の担当者は、依頼を受注したときのことをこのように振り返った。
「当初は映画のタイトルは教えて頂いておらず、10月半ばに当社でお手伝いすることが決まった際に初めて教えていただきました。
私もリアルタイムで、映画館で見たわけではありませんが、映画史に輝く名作中の名作です。
何度も観た個人的にも大好きな映画の一つで、驚き興奮したことを覚えています」
さて、今回注目されたのは映画のパンフレットだったが、栄光はこれまでにも企業からの案件を多数受注している。出版社からは定期的に依頼を受けており、書店に置かれる試読本などにも携わっている。アニメ制作会社からは、原画集の依頼を受けることも多いという。このほか専門学校や大学のマンガ学科・美術学科の作品集などの依頼などが寄せられているそうだ。
栄光の担当者はこうした依頼を多く受ける理由について、「同人作家のお客様がこうした出版社や制作会社に入ったり、商業作家として活躍される中で、栄光をオススメ頂くケースが多いようです」と述べる。
「出版社や制作会社様にダイレクトメールを送ったりサンプルを送ったりもしていますが、SNSやウエブサイトをご覧いただいた企業様からご相談やお問い合わせを頂くケースが圧倒的に多いです。
我々が改めて同人誌という仕事に鍛えられ支えて頂いていることを実感します。求められる品質と締め切り・価格にお応えするために、高品質な冊子製造を短期間で作る環境を整えることができるのが我々の強みだと思います」
栄光の担当者は5月にも新たなデジタル印刷機を導入するとして、「効果的で面白い印刷物がご提案できると思います」と意気込んだ。
(J-CASTニュース編集部 瀧川響子)
栄光が印刷に携わった「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のパンフレットが通販開始したそうです。この機会にぜひ! https://t.co/zkBGtXSfv0 https://t.co/mZsZ0i5QaN
— 株式会社 栄光(同人印刷) (@eikou_info) April 1, 2021