「どうしても言いたいことがある」福島の農家は記者に告げた 原発事故から10年、いま地元に思うこと【#これから私は】

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放射性物質「不検出」でも売上高激減

   福島市で「まるせい果樹園」を営む佐藤清一さん(51)。およそ8ヘクタールの広大な土地では果物狩りを楽しめ、果物の直売・発送やカフェ経営も行う。直売を始めたのは30年前だ。サクランボ、モモ、ナシ、ブドウ、リンゴ、西洋ナシを求める客の数は伸び、観光バスが果樹園に立ち寄る機会も増えて事業は順調に成長していた。

1年前に再開したJR双葉駅。撮影の数日後に東京五輪の聖火リレーを控え、写真右にはのぼりが立っていた
1年前に再開したJR双葉駅。撮影の数日後に東京五輪の聖火リレーを控え、写真右にはのぼりが立っていた

   2011年3月、東日本大震災。福島県では原発事故直後、放射性物質が国の定める基準値を上回った野菜やコメ、原乳、キノコが出荷制限となった。漁業も、福島沖では操業自粛に。消費者の放射能に対する不安は、果物に対しても向けられた。福島県産は大丈夫か――。

   佐藤さんは2011年夏、独自に産品の放射性物質検査をしようと検査機関に持ち込んだ。結果は、基準値のはるか下。「これなら農業を続けられる」と、ホッとした。さらに同年暮れから12年春にかけて、自治体や農協の指導による果樹の除染を実施。1本1本、機械で除染していく中で枯れた木もあった。つらかったが、消費者の「安全安心」が最優先だ。結果、放射性物質は「不検出」のレベルになった。

   そこまでしても、震災後の初年度は売上高が激減した。だが佐藤さんは、へこたれなかった。

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