「ゴーッ」と地鳴りが聞こえた途端、部屋がガシャンガシャンと激しく揺れた。数秒遅れてスマートフォンの緊急地震速報がけたたましく鳴り響く――。宮城県で最大震度5強の地震が起きた2021年3月20日、記者は震源から近い女川町、石巻市を取材していた。沿岸には津波注意報が発令され、高台に避難した住民もいた。
女川町と石巻市は、東日本大震災で甚大な被害を受けた。この地域に建つ東北電力女川原子力発電所は、被災を免れた。それから9年8か月後の2020年11月11日、宮城県と女川町、石巻市の首長は女川原発2号機の再稼働を宣言した。あの日から10年が過ぎた女川原発周辺を、記者が訪れた。
「震災後、新しい道路が次々と開通しているんですよ」
数分前まではほぼ目の高さにあった海面を山道から見下ろしながら、車は走っていた。起伏に富む牡鹿半島、県道41号女川牡鹿線の道路はアップダウンを繰り返し、しかもクネクネとカーブが続く。そしてしばしば、道路工事用の信号につかまり停止した。
「震災後、新しい道路が次々と開通しているんですよ」
タクシーの運転手が教えてくれた。山を切り崩して新しい道を通している。高白浜、飯子浜、塚浜はじめ多くの集落は、震災で大打撃を受けた。住民は高台に移転し、生活道路が建設されている。加えて2019年10月の台風19号で被災、数か所でのり面が崩れ今も修復中だ。
道路工事ラッシュの41号線を進んだ先に、女川原発がある。この道路は付近の住民にとって、原発が万一事故を起こした際の主要避難路だ。東日本大震災では、各地の道路で渋滞が発生した。新しい道路が増えれば「逃げ道」の選択肢も増す。ただ、実用性はどうだろうか。
女川原発再稼働に向けて、宮城県は石巻や女川など計7会場で2020年8月、住民説明会を開いた。事故時の対応・避難も当然、議題のひとつとなった。
原子力規制委員会の「原子力災害対策指針」を踏まえ、原発から半径5キロ圏内は「PAZ(Precautionary Action Zone=予防的防護措置を準備する区域)」、同30キロ圏内はUPZ(Urgent Protective action planning Zone=緊急時防護措置を準備する区域)として、内閣府が避難方法をまとめている。PAZに注目すると、震度6弱以上の大地震発生時点で要配慮者の避難・屋内退避準備を開始、原発の全交流電源喪失が起きたら要配慮者は避難・屋内退避開始と合わせて住民の避難準備開始、そして冷却装置喪失ともなれば住民も避難開始となる。
女川原発のPAZの人口は、石巻市と女川町合わせて1113人だ。加えて牡鹿半島南側や離島の「準PAZ圏」に、2736人が住む。避難方法は原則、自家用車で状況に応じて自治体がバスを用意する。支援が必要な人の場合、福祉車両など必要な準備が整うまでは「放射線防護対策施設」で屋内退避することとなる。この施設は女川町地域福祉センターなど7か所で、最大約800人収容可能。「およそ 3 日を目安に生活できる食料及び生活物資等を確保するため、必要な備蓄と供給体制を整備」(内閣府)とある。
「陸路がダメなら海路、空路」と説明するが
こうした説明にも、住民の不安は消えない。2020年8月1日に女川会場で開かれた住民説明会では、「避難計画の実効性というのは、はなはだ疑問」「自主避難、屋内退避など、やってられません」と厳しい声が飛んだ。2011年の東京電力福島第一原発の事故のような事態が仮に発生すれば、計画通り冷静に動けるだろうか。
原発再稼働に反対する、阿部美紀子・女川町議会議員に取材した。2年前の台風19号で「女川の町に向かう主要道路は寸断され、17時間孤立しました」と説明する。これは住民説明会でも言及した人がいた。あちこちで道路が陥没、冠水したことを踏まえて「避難計画が計画どおりに機能するとはとても思えません」と批判したのだ。
阿部議員はもう一つ、こう指摘した。
「例えば、寄磯地区は原発事故が起きた場合、その原発に向かう道路しか逃げ道がないのです」
寄磯は女川原発の東側にある。記者は実際に現地に足を運んだ。立地上、原発と反対方向に向かうと海に出てしまうため、陸路の選択肢はいったん原発に近づく以外にない。そこからは海沿いの県道41号を進むか、途中から山側にある「コバルトライン」を通って北へ避難することになる。寄磯漁港からコバルトラインを通って女川駅まで車で走ったところ、スムーズに進んで約40分だった。女川町民は、さらにそこから車で1時間20分程度かけて、避難先に割り当てられた栗原市まで向かうことになる。
女川会場での住民説明会で内閣府担当者は、「激甚災害で道路が各方面寸断されている場合、陸路がダメなら海路、空路といった手段を取れるようにしっかりと日頃の訓練をしていくことが必要」と述べた。実際、牡鹿半島の離島住民の避難には船やヘリコプターといった手段が想定されている。
東日本大震災級の災害となれば、多くの「予想外」が発生するだろう。道路は陥没やがけ崩れ、海側の道は津波が来れば破壊や冠水で使えなくなるかもしれない。多くの道路で渋滞が起き得る。船やヘリでの救援も未知数だ。津波が押し寄せれば、そもそも船が接岸できるのか。巨大台風接近時のタイミングで原発事故となれば、空からの救援活動も難しい。ありとあらゆる「最悪のケース」をクリアしないと、住民の不安はぬぐえないだろう。
首都圏で大きな議論を呼んでいない
女川原発は、女川町の財政を支えていることは事実だ。2019(令和元)年度の一般会計(歳入)は309億644万円。うち原発立地自治体に支払われる「電源三法交付金」は7億8477万円。また同町の固定資産税担当に取材すると、同年度の町の固定資産税27億2682万7985円の89.5%が「東北電力の割合」だと説明した。両方を足すと、歳入の約1割を占める。
2020年9月7日、女川町議会は、商工会、漁協、商工事業協同組合、観光協会からそれぞれ出された原発2号機早期再稼働を求める陳情4件について、賛成8、反対3でいずれも採択した。賛成票を投じた議員は、地域振興や雇用拡大、地域の産業維持といった点を理由に挙げている。
住民説明会での質問は、再稼働に向けて厳しい意見が目立った。「なぜ急ぐのか」「人の命というものを全く考えてない」と、感情的な言葉も出ていた。県道41号を走る途中、「原発反対」という看板を何度か見かけた。半面、女川原発と直接、間接的にかかわることで収入を得る住民もいる。町の経済や生活を考えれば「再稼働やむなし」との判断もあるだろう。事情は複雑だ。
2021年1月上旬、全国各地で電力不足が深刻化した。電力使用量がもう少しで100%に届きそうな地域が出て、需給バランスをとろうと電力会社間で融通し合い難を逃れた。海外からの輸入に頼る液化天然ガスの供給不足がひとつの原因とされた。
現在、各地で運転停止中の原発を再稼働させれば、こうした電力不足の不安は一掃されるはずと考える人はいるだろう。だが前出の阿部議員は、「これから人口減るのに、いったいどのくらい電力が必要なのでしょうか」と疑問を呈する。温排水や放射性廃棄物処理の問題も解決されていない。環境負荷を踏まえ、「私たちの生活様式を変えていく時が来ているのだと思います」と主張する。
原発事故から10年目の再稼働決定。首都圏では大きな議論や関心は呼んでいない。一方で2月、3月と続けて大きな地震が起き、津波も発生した。ひとたび原発事故が起きたらどうなるか、私たちは知っている。自分事として考えてみる機会にしてはどうだろうか。
(J-CASTニュース 荻 仁)