新型コロナウイルスの影響で国境を越えた往来が厳しく制限されるなか、PCR検査の「陰性証明書」をスマートフォンのアプリで表示して飛行機の搭乗手続きを行う実証実験が2021年3月29日、国内では初めて羽田空港で行われた。
今後はワクチン接種の記録を確認できる仕組みもつく予定で、いわゆる「ワクチンパスポート」としての役割を果たすことへの期待も高まる。ただ、自由にワクチン接種が受けられない現在の状況で「ワクチンを打たないと旅行ができない」となれば、不平等感が広がる可能性もある。さらに、ワクチン接種を希望しない人への不利益につながるおそれもあり、運用上の課題も出てきそうだ。
今はチェックインと入国時に紙の「陰性証明書」を見せる
現在、国際線の搭乗には大半の路線でPCR検査の陰性証明書が必要だ。例えば米国に渡航する際には、チェックインの際に紙の証明書を見せ、米国入国時にもランダムで提示を求められる。
実証実験は、世界経済フォーラム(WEF)と連携して活動している非営利組織「コモンズ・プロジェクト」が開発するアプリ「コモンパス」を使って行われた。アプリでは、事前に指定された医療機関でPCR検査を受けると、その結果をパスポート番号とともに「HL7 FHIR」と呼ばれる国際的な医療データの規格に沿って保存。検査結果が適切な医療機関から発行されたものなのか、渡航先の最新の基準を満たしているかをアプリが自動的に判定する。
実証実験は、この日の羽田発ニューヨーク行きの全日空(ANA)便が対象。実験に協力した乗客2人がチェックインカウンターでアプリの画面を係員に見せて搭乗手続きを行い、報道陣に対して「非常にスムーズでありがたかった」などと話した。
世界経済フォーラムでプロジェクト長を務める慶應義塾大学医学部の藤田卓仙(たかのり)特任講師は、
「現状において、なかなか感染の状況が落ち着いていないので、早急に国境を開くという話ではなく、(新型コロナを)うつさない将来に向けて、どのような体制をとればいいか(検討する)」
として、アプリで急速に往来が回復するわけではないと見方を示す一方で、アプリの利点も強調した。
「紙と比べてスムーズに調べられるということと、元のデータと直接つながるということで、より信頼性が高い証明ができるであろうということで、デジタルの優位性はあるのでは」
アプリ普及で各国の入国制限緩和につながることを期待
実証実験には、今回のANA以外にも、日本航空(JAL)や独ルフトハンザ航空、米ユナイテッド航空など7社が参加を表明。国際標準のひとつを目指す。
ANAのデジタル変革室・旅客システムソリューション部の後藤洋部長は、
「非常に大きな期待を感じている。やはり、このような国際標準的な仕組みによって、陰性証明、あるいはワクチン接種証明が正当だということが証明できれば、各国が今課している入国制限や措置、こういったものの緩和につながることに期待している。これによって人の流動、往来が増えてくれば色々ビジネス、経済、色々な面でコロナからの立ち上がりを促進できるのではないか」
などと話し、需要回復への期待感を示した。
ただ、いわゆる「ワクチンパスポート」に対する日本政府の立場は慎重だ。田村憲久厚労相は3月9日の記者会見で、国内で「接種証明」を導入する可能性について問われ、
「接種証明という意味で、(接種後に受け取ることができる)接種済証を使うことを我々は前提として考えていない。そのようなことを、何かを使ってやることによって、接種していない方にとって不利益な取扱いが行われるということは避けていかなければならない」
と否定的な見解を示した。「ワクチンパスポート」については、
「世界中いろいろな動きがあり、しっかり我々注視しながら情報収集はしていきたいと思うが、接種を受ける、受けないというのはご本人の判断。これは以前から申し上げているが、それによって不利益が起こらないように、そういう対応は政府としてはしていかなければならない」
などと述べた。
「不平等がない形で運用できる」ことが前提に
世界経済フォーラムの藤田氏は、
「今回コモンパスではワクチンのデータは入っていないので、今後非常に重要になってくる」
とする一方で、J-CASTニュースの取材に対して
「欧州でも議論があって、ワクチンをみんなが受けられるという状況にない限り、『ワクチンを打てない人が旅行できない』となるとそれはまずいので、不平等がない形で運用できるように、というのがアプリ、デジタルの取り組み以外で大事になってくる」
「あくまで紙で使える場合の、それをデジタル版(として開発していく)というところからスタートするのかな、といったところ」
とも話した。ワクチン接種の記録の扱いについては、コモンパスのアプリに実装する前提として、紙ベースの証明書の運用を確立することが必要になるとの見方だ。
同様のスマホアプリを利用した陰性証明や接種記録証明の仕組みは、世界中の航空会社が加盟する国際航空運送協会(IATA)が開発を進めており、規格が乱立する可能性もある。この点について、ANAの後藤氏は
「私どもが聞いている範囲では、基本的な仕組みは非常に類似しているので、両方が同時に使いやすい形で実用化されていけばいい」
と話した。
実証実験の対象になったのはNH110便(ボーイング777-300型機)。乗員14人と乗客34人を乗せて10時20分頃に羽田空港を出発した。
(J-CASTニュース編集部 工藤博司)