消費者とのつながり
岩手県水産技術センターがまとめた「岩手の沿岸漁業 -令和2年度版-」によると、「東日本大震災津波により、岩手県の水産業は甚大な被害を受けましたが......漁船や施設の復旧は、おおむね計画通り終了し、養殖ワカメの生産量は震災前の約7割、アワビの漁獲量は震災前の約6~8割まで回復するなど、復興が進んでいます」とある。
ただ、記者は過去に取材した生産者から、震災で大きな被害を受けて事業再開までに時間を要し、その間に販路を失って苦労したという話も聞いた。2人はどうだったのだろう。
平子さんの場合、震災前に義父が消費者とやり取りする仕組みづくりを進めていた。それを本格化させる形で、インターネット通販を開始。ホタテやアワビ、カキといった海産物を直接、消費者に届ける。2018年10月には漁業や直販事業に加えて遊漁船や観光も手掛ける会社「隆勝丸」を立ち上げた。ホタテを軸に、多角的な「BtoC」事業を増やしてきた。
一方の千葉さん。かつて直販を手掛けていたが、消費者とのつながりはそれほど考えていなかったと明かす。震災後、地元漁業者は共同操業や技術共有を行い、競争よりも「一緒にいいものを作ろう」と協力を選んだ。その中で、質の高いワカメやホタテを「誰のため」に育てるのか、消費者のためだ、と意識が強まっていった。
自力での直販をやめ、釜石市で海産物卸業を営む「ヤマキイチ商店」を頼った。「泳ぐホタテ」ブランドを中心に、大手百貨店や有名レストランからも支持されている。消費者は「家族や友人のような存在。そこにいいものを届ける感覚です」とは、専務の君ヶ洞剛一さん(42)。
一方で同社では、ホタテを生産者から仕入れる際は毎年最高値を付ける。それだけに、漁師には品質のこだわりを求める。千葉さんは品質向上に際して「ヤマキイチさんからフィードバックをもらえるので、迅速に改善につなげられます」と話し、君ヶ洞さんは「今の生産者は視野が広い。ホタテが消費者の口に入るところまできちんと考えています」と評価した。互いに同じ価値観を共有できているのだ。