黙祷なう――。
東日本大震災の翌年以降、地震が発生した3月11日14時46分前後になると、毎年一斉にツイッター上に投稿されてきた言葉だ。こうしたツイートに対し、必ずと言っていいほど批判の声が集まるのも、恒例となっていた。
しかし、震災から10年が経った2021年。かつてと比べ「黙祷なう」とつぶやく人は大きく減少していたことがわかった。なぜ、「黙祷なう」は廃れていったのか。ITジャーナリストに見解を聞いた。
「10年経てば流石にもう死語」の声も
「黙祷なう」は、その名の通り「今、黙祷をしている」ということを伝えるツイートだ。震災の翌年以降、3月11日の14時46分になると、一部のツイッターユーザーが一斉に「黙祷なう」とつぶやくのが「恒例化」してきた。
しかし、当然ながら「黙祷」とは口に出さないもの。毎年こうしたツイートが投稿されるたびに「被災者への冒涜」「黙祷になってない」と指摘が聞かれるのも、ある意味では「おなじみの光景」となっていた。かつては一部ユーザーが「自撮り画像」とともに「黙祷なう」とツイートし、批判を集めたこともあった。
インターネット文化に詳しいITジャーナリストの井上トシユキさんは、J-CASTニュースの21年3月11日の取材に対し、「黙祷なう」とツイートするユーザーの心理について「自分は東日本大震災を忘れていないんだぞ、ということを他者に伝える目的があったのだと思います。『なう』という言葉は、明らかにこうした状況にはそぐわないものですが、悪意を持たずにツイートしていた人も多いのではないでしょうか」と分析する。
ただ、震災発生から10年が経ち、「黙祷なう」をめぐる状況も変わってきたようだ。J-CASTニュースの調べによると、震災の翌年、12年3月11日14時46分付けでつぶやかれた「黙祷なう」を含むツイートは300件を超えていた。これが21年3月11日の同時刻では40件未満にまで激減している。(いずれも21年3月11日時点で確認できるもの)
実際に、ツイッター上では「黙祷なうという矛盾したツイートをする人、昔結構いましたよね」「10年経てば流石にもう死語」と、すでに「過去のもの」として捉えているユーザーの声が聞かれた。
「それまで被災地へ目を向けていた人が...」
井上さんは「黙祷なう」が廃れた背景について「批判を受けてやめたという人も多いのではないか」「2010年代初頭は『旬なワード』だった『なう』が、今は『古い言葉』になってしまった」とその理由を分析。ただ、一番の要因として、ツイッターユーザーの震災に対する「意識の変化」があったのではないかと指摘する。
「時が経つにつれて、震災時の記憶が薄れていった人も多いのだと思います。昨年からは新型コロナウイルスの問題が表面化してきました。それまで被災地へ目を向けていた人が、コロナ禍以降、目の前の問題に対処することで精一杯になってしまった、というケースも少なくないでしょう」
では、少数ながらも「黙祷なう」とツイートした人たちの心理はどういったものだったのか。井上さんは、次のように分析する。
「『震災を風化させてはいけない』という思いをもって、つぶやかれている方が大半だと信じたいです。ただ、中には『目立ちたい』『承認されたい』という動機でツイートする人も、やはりいるのではないでしょうか」