日米中の違いはどうして生じたのか
どうして、このような差が生じてしまったのか。政府はこの間、「選択と集中」と呼ばれる政策を取り、研究の国際的競争力を高めようとしてきた。大学教員の人件費や研究室に使われる「運営費交付金」を年1%削減し、研究者が応募・審査を経て獲得する「競争的資金」を増やしてきた。大学間に競争させるさまざまな補助金も導入した。少数精鋭に多額の資金を投入して成果をあげるという仕組みは機能しなかったのだろうか。浅井さんはこういう。
「アメリカの研究機関は、成果を出し続けなければ資金を得られない。危機感を持ち、真剣そのもので汗水を流す。期間内にうまくいかなければ、すぐに退場を求められるからだ。つまり、競争原理が正しく働いている。日本の場合は政府お気に入りの研究機関に資金配分が偏り、しかも簡単には研究費を削られない。ゲノム研究でも、私立大はあまり予算に恵まれなかった」
浅井さんは、新たな産業を興そうとすれば、目先の金を生み出す短期的な視点ではなく、長期にわたって基盤技術を集積し、技術者の育成を図ることが必要だという。
ITでいえば、米国にはシリコンバレーがあり、中国には深センのIT集積地がある。
「インドには、ITの人材が集まるハイデラバードなどがあり、先端研究を続けている。日本になぜGAFAが誕生せず、なぜシリコンバレーが生まれないのか、ということを、真剣に考える必要があります」
日本に優位性があるとすれば、それはどこにあるのだろう。浅井さんは、医療情報でいえば、日本の国民皆保険制度が重要な資産だろう、と指摘する。
「日本の場合、国民皆保険の長い歴史があり、診療データを匿名化して解析できる医療情報データベースがあります。その意味での医療データ解析は、日本ではかなり進んでいます。問題は、そうした情報を扱うインフラのような情報産業が育っていないことにあります」
日本の場合、大手の情報産業は官庁や病院の発注を受けていれば、そこそこ収益をあげることができた。生産性を上げなくても、独創的な技術を開発しなくても、すぐに退場を迫られることがなかった。そうしたぬるま湯の環境が、かえってチャレンジ精神をそぐ、ということだろう。だが、少子高齢化や人口減少で内需の市場が狭まりつつある今、そうした発想で生き残ることはできないだろう。
浅井さんは、科学・医療に限らず、報道には「アジェンダ・セッティング」の機能が重要だという。これは「議題設定」機能とも呼ばれる。米国のマックスウェル・マコームズとドナルド・ルイス・ショーが1972年の論文で提唱した考えで、メディアには事実を報道するだけでなく、課題や議題を定義し、社会に問題提起する機能もあるという考えだ。浅井さんは、「日本のメディアは連日、新規感染者数やワクチンの配送状況など、目の前で起こったことや、今起きていることは報じる。一方で、インドのワクチン開発と生産はほとんど報じられない。なぜ、どうしてこういうことが起きたのか、見えない課題を掘り起こし、問題提起することも重要ではないか」という。
ワクチンの製造や調達の遅れの背景に、バイオテクノロジーにおける日本の「失われた20年」を読み取る浅井さんの問題提起は、まさに「議題設定」の典型といえるのではないか。