2020年の米大統領選では、デマや陰謀論が数多く飛び交い、分断や対立が加速した。
その舞台の一つとなったのが、動画共有サイト「ユーチューブ」。世間の関心の高まりを受け、日本では "政治系ユーチューバー"が次々と誕生し、中には視聴数を稼ぐためにプロパガンダ(政治宣伝)に加担するような投稿者もいた。
トランプ前米大統領の支持者で、ユーチューブで数万人のチャンネル登録者数を持つインフルエンサーに、「情報戦」の裏側を聞いた。
副業としてのユーチューブ
ファクトチェック(真偽検証)を推進するNPO法人「ファクトチェック・イニシアティブ」の集計によれば、日本では米大統領選をめぐって23の言説が「誤り」「根拠不明」などと判断された(2021年2月5日時点)。検証の手を逃れたものも当然あるだろう。
不正確な情報の温床となったのはSNSだ。中でも「ユーチューブ」の存在は無視できない。
同サイトでは、「(米議会乱入は極左集団)『アンティファ』の仕業確定」「マスコミが報道しないスクープ」などと刺激的なフレーズが踊る動画が多数見つかり、コメント欄は共感・称賛であふれる。前者は複数のメディアが「偽情報」と報じている。客観的事実よりも感情的な訴えが影響力を持つ「ポスト真実」時代を物語る光景だ。
投稿者はどのような目的で動画をアップしているのか。米大統領選の動画を定期的に投稿していた日本人ユーチューバーに取材を申し込むと、2人が応じた。
「最終的には専業ユーチューバーとしてやっていき、同時に投資をして残りの人生を楽しみたい」
こう話すのは、会社員の須田利秋さん(仮名、57)。メディア業界に籍を置きながら、リタイア後の生活をにらんで、株式や外国為替証拠金(FX)取引とともにユーチューブ活動を行う。2016年から始め、一時は月に20万円の広告収入を得ていた。チャンネル登録者数は2万人を超える。
「トランピアン」を自負
須田さんのチャンネルは、話題の政治ニュースに独自の解説を加えたスタイルが人気を博す。
政治系ユーチューバーの利点を「政治系は生もので、常に動いていて変化がありますのでネタが尽きることがありません」とし、加えて「陰謀論的なチャンネルは、(私以外の)他チャンネルも意外と高評価率が高いと思います。なぜなら、わざわざ動画を見にきている人たちは、そうした情報が欲しいという目的で見にきているから」と解説する。
自身の政治観を問うと、特定の思想は持っていないという。日本の政治家では、既存政党への不満から「れいわ新選組」の山本太郎代表、「NHKから自国民を守る党」の立花孝志党首を特集する動画や、安倍晋三前首相の功罪をあげつらう動画を投稿していた。
ただし、米政治においては「トランピアン」を自負し、熱烈な共和党支持者だと明かす。
「これほど不正選挙の証拠がネット上では報道されているのに、主要メディアは相変わらずトランプ攻撃でありバイデンさんを支持するような報道ばかりと非常に偏っています。私はトランプさんの考え方や、この4年間で公約をほとんど実行してきた点を評価しています。公約で立派なことだけ言って、選挙で立派なことをのたまって、当選すれば『なんだったんだあれは』という政治家が多い中で、トランプさんは有言実行な方だと思っています」
バイデン新政権発足後も、動画では選挙での不正を言い募っており、「どんなに悪いことをしてもバレなきゃいい。もしバレても裁く連中を脅迫や買収で取り込んでしまえばいいのだ。つまり、何でもありなのだと世界中にさらした」と訴えていた。
もっとも、「私がユーチューバーでなければここまで真剣に彼を応援するかというと、おそらく客観的に見ているだけになったと思います。やはり今、彼を取り上げるのが視聴数の増加につながりますので、ユーチューバーとしては一つのネタとして扱いやすい」との思惑があることも付け加えた。
須田さんによれば、米大統領選をきっかけに、トランプ支持者の気持ちを斟酌(しんしゃく)した動画を連投する「パッと出のユーチューバー」が雨後の筍のように現れた。目的は広告収益だと推測する。
「特にトランプに動きがなかったとしても、何らかの材料を作り上げて動画を上げる。なぜなら、日々動画を上げるとチャンネルが非常に強くなり、登録者数も増えてオススメ動画に出やすいんです。なので、彼らは内容は二の次です。トランプに対して前向きな動画の中にはガセネタも相当入ってきていると思います。私も100%とは言えないかもしれませんが、かなり調査をして確信が得られた時に上げているので、ペース的には週に1、2回上げればいい方です」
須田さんが指摘するように、それまでは政治とは無縁だったチャンネル(芸能ゴシップ、ゲーム実況、スピリチュアル、語学系など)が、米大統領選を機に"政治系"に転身した例が見つかる。
大手メディアは信用できない
動画制作には相応の時間をかけているという須田さん。主な情報源は?
「ネット上の信頼できると判断したサイト、メルマガ、動画などを毎日一通りチェックします。動画もサイトも何十と見ますし、登録して事実を検証してきた中でごくわずかに残っているメルマガを日々見て、自身の考え方とその内容が合うか吟味しています」
米大統領選では、『国際情勢 メディアが出さないほんとうの話』などの著書がある元共同通信のジャーナリスト・田中宇氏のブログや、法輪功系メディア「大紀元」は重宝したという。
新聞社、テレビ局といった大手メディアの報道はめったに見ない。「多くの人がテレビよりユーチューブを見ており、私の周りでもかなり増えてきました。最近は見るとしたらせいぜい娯楽番組とかその程度ですね」
背景には、根強いメディア不信がある。「私が今勤めている会社もマスゴミ側ではありますが」と自虐しつつ、「今思えばですが、ユーチューブを始めたころはそれほどでもなかったと思います。ただユーチューブを始めだすと、自分で情報収集するものですから、それと事実を照らし合わせていくにしたがって徐々にマスコミは嘘ばかり言っている傾向が見て取れるようになりました。自分で調べてみるとネット上にある情報がテレビと真逆だなと、どっちが正しいのか深く調べると結局ネットの方が正しそうだなと」
例として、抗がん剤の有効性を挙げた。標準治療である抗がん剤治療を否定し、医学界から猛反発を受けている医師を引き合いに、氏の主張とメディアの報道がかけ離れているため、「我々が本当に入手したい情報とメディアが提供している情報にはかなりの乖離がある」といぶかる。
ファクトチェックは「ほとんど見ません」
米大統領選では、国内外のメディアでファクトチェックが盛んに行われた。しかし、須田さんは「ほとんど見ません」と一蹴する。
「そのファクトチェック自体がファクトでない可能性があります。それを指摘されている方もすでに多くいまして、結局、ファクトチェックと言ってしまえば(読者が)信じるからこそ、嘘も本当になってしまう。私も確かにそれはそうだなと思っています。ファクトチェックを専門家にしてもらう必要はなく、自分自身で調べて真実を追求する方が面白くやりがいもあり、それが事実なんだろうと思っています」
どうすれば、大手メディアは信用してもらえるのか。引いてはファクトチェックが届くのか――。
「信頼を取り戻すのは容易ではないですし、実際に信頼を取り戻す行為をすればおそらく今は色々な規制や排除にあうでしょう。それでやっぱりやめておこうかとなってしまう訳ですよね。本当に真実を報道していこうとすれば今後も厳しい検閲が行われるだろうというのは容易に想像がつきます(中略)大企業みたいに徹底的に真実だけを追求すると目をつけられるので、その間を行くというか、中庸を目指していけるメディアがあれば長続きするのでは」
「ファクトチェックは、ファクトチェックをする機関がどういった見解を示したかという事実でしかない。(チェックする)メディアや機関(の信頼性)は全く関係なくて、(評価軸は)ひとつひとつのファクトチェックが我々の意に沿ったものであるかどうかだけ」
一方で、自身の発信する情報の信頼性はどう担保しているのか。須田さんは今回の取材や動画で、「ディープステート(影の政府)」の存在など陰謀論的言説を繰り返している。
16年米大統領選で起きた「ピザゲート」事件(偽ニュースを信じた男が米ワシントンのピザ店を銃撃)のように、陰謀論の発信には危険性をはらむ。この事件をきっかけに誕生したといわれる極右陰謀論「Qアノン」の信奉者らは4年後、米議会を襲撃した。
「確かにどこまでが事実かというのは世間に転がっている情報やメディアだけを見ても100%はないので、あくまで視聴者に選択の余地を残すような報道をすべきだと思いますね。事実はこうでそれに対して可能性を提示する、結構いまのユーチューバーもそういう人が多いですね。完全に断定せずにこういう事実があるけども、今後のケースとしてこういうことが考えられるという風に逃げ場を常に作っています。断定して間違ってしまうと信用できないとみなされる可能性がありますので」
「特に重要視しているのは、当事者の発言です。公式アカウントの発言と確認できれば、彼らが何を言っているのか大きなヒントになります。私も一時はトランプのツイッターばかり見ていましたから。ですから鍵となる人の実際の発言がいちばん重要です。サイトやメルマガも重要ですが、最終的に本人がそういっているのかチェックした上で、ある程度間違いなさそうだと判断できてしまうんです」
米大統領選では、当事者の発信にも虚実入り乱れた。トランプ氏は都合の悪い情報や報道を「Fake News!」と非難するケースが少なくなかった。
後編では取材に応じたもう1人、22歳大学生YouTuberに迫る。
(J-CASTニュース編集部 谷本陵)