外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(32) ジャーナリストのマーティン・ファクラーさんと考える日米メディアの「信頼回復」

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報道を変えたベトナム戦争

   「調査報道」の歴史について、ファクラーさんは、ベトナム戦争が決定的な影響を与えた、という。

   ファクラーさんによると、アメリカの調査報道の原型は、20世紀初頭に登場した「マックレイカーズ」にまで遡るという。「マックレイカー」というのは、堆肥をかき混ぜる棒を指す言葉で、「醜聞あさり」という蔑称に近い。

   これは主に雑誌「マクルールー・マガジン」などを拠点に、当時の市政や労働問題、独占企業などの問題を独自に取材し、批判したジャーナリストや作家を指す。リンカーン・ステファンズ、レイ・ベイカー、スタンダード・オイルの内幕を暴いた女性ジャーナリストのイーダ・ターベルらが代表的な記者だ。こうした暴露はロックフェラー帝国などから憤激を買い、「マックレイカー」という蔑称が向けられた。しかし、ジャーナリズム界でこの言葉は、政権だけでなく、あらゆる「権力」の巨悪を掘り起こすジャーナリストへの尊称として使われる。日本でかつて「トップ屋」や「ブンヤ」が蔑称にも使われる反面、業界ではスクープを放つ敏腕記者への敬意をこめて使われたのと、少し似ているかもしれない。ファクラーさんはいう。

「当時は鉄鋼や石油など、民間の独占企業が大きな力をふるっていた。有権者の力は及ばず、選挙で変えることもできない。そこで独自調査に基づき、第三者のソースに頼って不正を暴くという調査報道の原型が生まれた。ベトナム戦争の取材・報道では、マクレイカーズが開発したその手法が使われるようになったのです」

   米国が深入りし、泥沼化したベトナム戦争では、まだ報道管制が敷かれておらず、若手記者たちは自由に戦場に行き来し、独自取材を続けた。米軍発表をそのまま垂れ流すのではなく、現地での見聞をもとに、公式発表の矛盾や誇張を暴き、批判した。そうした記者からその後、調査報道で知られる多くのジャーナリストが輩出した。

   ニール・シーハンだけではない。「ベスト&ブライテスト」を書いたデイヴィッド・ハルバースタム、1991年の湾岸戦争でCNN記者としてバグダッドから現地報告をしたピーター・アーネット、ベトナム戦争での「ソンミ村虐殺事件」や2003年の対イラク戦争後に、アブグレイブ刑務所で起きた捕虜虐待事件を暴いたシーモア・ハーシュら、調査報道の黄金期を彩る人々の名は、枚挙にいとまがない。

   こうして、政権や当局者から離れ、独自にファクトを調べて報じるという調査報道は、アメリカではジャーナリズムの本流となった。だが一時は隆盛を誇ったこの「調査報道」は、21世紀になって大きな試練に直面することになった。

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