国内最大手の鉄鋼メーカーである日本製鉄が、エレベーターなどに使うワイヤロープの製造で国内トップの東京製綱に対して始めた株式公開買い付け(TOB)が株式市場で波紋を広げている。東京製綱から事前の同意を得ていないだけではなく、TOBによって持ち株比率を現在の9.9%から19.9%に引き上げて経営への関与を強める理由として、ガバナンス(企業統治)不全を挙げ、新日本製鉄(現・日本製鉄)出身の会長の長期在任を問題視している。両社の間に一体何が起きているのか。
「ガバナンス体制の機能不全」と田中重人会長の存在
日本製鉄は2021年1月21日に開いた取締役会で東京製綱へのTOBを決議して、同日午後3時に開示した。買い付け価格は、最近の株価に5割程度上乗せした1株当たり1500円で、計約24億円を投じる。期間は翌22日から3月8日。これに対して東京製綱は4時間半後の午後7時半になって、TOBが「当社に対して何らの連絡もなく一方的かつ突然に行われた」と不快感を表明する文書を開示。27日には株主に向けては慎重な行動を求めた。日本の大手企業が相手の同意を得ずにTOBに踏み切るのは異例だ。
日本製鉄のルーツの一つである富士製鉄は東京製綱と古くから取引があり、1970年1月に富士製鉄が東京製綱に資本参加している。同年3月には八幡製鉄と富士製鉄が合併して新日鉄が発足。新日鉄が住友金属工業との経営統合や社名変更を経て誕生した日本製鉄は、現在も東京製綱の大株主であり、東京製綱に材料を供給する立場にある。両社の関係は決して疎遠ではない。
にもかかわらずTOBを事前通告しなかったのは、東京製綱に対する不信感が根強いからだろう。日本製鉄は「(東京製綱が)ガバナンス体制の機能不全等の経営上の問題を抱えているにもかかわらず、それらの問題に対する有効な対応策を講じず、継続して業績が悪化している状況をこれ以上看過することができない」とかなり強い不信感を示している。この「ガバナンス体制の機能不全」の要因として名指ししているのが、2001年から代表取締役に就いている田中重人会長だ。
田中氏は1967年に富士製鉄に入り、新日鉄で取締役大阪支店長を勤めたのを最後に退任。2001年に東京製綱の副社長に転じて、翌2002年に社長就任。2010年から会長の座にある。この間、東京製綱を代表する立場の代表取締役をずっと務めている。一方、連結売上高の規模では100倍近く大きい日本製鉄では、橋本英二社長は1979年新日鉄入社、進藤孝生会長でも1973年新日鉄入社であり、両氏とも田中氏の「後輩」にあたる。
市場はTOBに懐疑的?
日本製鉄は2017年5月中旬以降、東京製綱の経営陣に経営改善を促してきたものの危機意識は芽生えず、経営上の問題点に対応策を講じる姿勢を示さなかったとしている。行間ににじむのは、扱いにくいOBに業を煮やして、実力で持ち株比率を高めてプレッシャーをかける、という構図だ。実際、株式保有比率を20%未満にとどめ、持ち分法適用会社とせず、「経営の独立性を維持」と明言していることにも、経営体制刷新を目的としたTOBであることがうかがえる。
こうした思惑が見透かされたのかTOB発表翌22日の日本製鉄の株価は売りが先行して下落。逆に東京製綱の株価は一時、1470円まで上昇したが、その後は1200~1300円台で推移し、TOB価格の1500円に届かない状況が続いており、市場はTOBに懐疑的とも読める。
6兆円近い連結売上高の日本製鉄にとって約24億円のTOB費用は微々たるものかもしれないが、売上高600億円と100分の1の規模の東京製綱に対し、なぜそこまで躍起になるのか、不可解さも残る。異例のTOBの結末は果たしてどうなるか。