米国の証券市場で「SPAC」というモンスターが跋扈している。
米国市場で新規上場が相次いでいるSPACは日本語で「特別買収目的会社」といい、上場時には事業の実体を持たないことから「空箱」などとも呼ばれる。最近では、ソフトバンクグループが設立したSPACも米ナスダック市場に上場している。
SPACとは、いったい何なのか。
上場時点ではどの企業を買収するかは未定
SPACとは、英語の「Special Purpose Acquisition Company」の頭文字をとった略称。「スポンサー」と呼ばれる運用者が設立し、機関投資家から資金を募り、証券取引所に上場する。
通常2年とされる期間内に、他の事業を営む未上場企業を買収して改めて上場することを前提にするが、SPACとして上場する時点ではどの企業を買収するかは未定なので、「空箱」とか「Blank Check Company(宛名のない白紙小切手会社)」などとも呼ばれる。
SPACが未上場の事業会社を買収して事業会社を存続会社として再上場する。その際、SPACの株主は新会社の株式と交換でき、新規上場株の値上がりを享受できる。SPACの株主総会で買収候補の企業に魅力がないとして否決することがあり得るし、期間内に良い買収案件がないこともある。期間が満了したら、SPACへの投資の元利金は償還される。
では、なぜ通常の新規株式公開(IPO)でなく、SPACによる買収という手法がもてはやされるのか。
SPACのメリットとは
SPAC による買収での上場というと、「裏口入学」のイメージもあるが、SPACの株主総会で未上場企業を買収すると決議して新会社になるわけで、再上場審査は一般のIPOと同じ基準で行われる。
それでも、一からのIPOのプロセスに比べて短期間で株式公開できるのが最大のメリットだ。また、IPOの公開価格は主幹事証券会社が類似企業との比較を踏まえ、投資家の需要を積み上げて決定するのに対し、SPACの場合、未上場企業の買収条件はSPACのスポンサーと相手先の企業の交渉対で決めるので、未上場企業側の意向が通りやすいことも指摘される。
米国では2020年に約250社のSPACが上場し、調達額は計800億ドル(約8兆3000億円)を超える。SPACに買収された企業は、2011年に非公開企業となった雑誌「プレイボーイ」を発行していたプレイボーイ・エンタープライゼズをはじめ、スポーツカジノのドラフト・キングズ、宇宙旅行ベンチャーのバージン・ギャラクティック、医療保険のクローバー・ヘルスなど多彩だ。
日本勢でも、ソフトバンクグループ(SBG)傘下の投資ファンド「ソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)」の運営会社が2021年の年明けに米ナスダック市場にSPACを上場し、5億2500万ドル(約550億円)を調達した。
SVFの幹部が役員として乗り込み、人工知能(AI)やフィンテック関連企業などを買収候補として検討している模様だ。
SPAC隆盛にコロナの影響?
SPACの隆盛は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響が指摘される。
「コロナによる経済の変調で、資金調達環境が変わり、通常のIPOにも逆風が吹いたことで、比較的短期間で上場できるSPACへの需要が一気に高まった」(証券関係者)という。コロナ禍に対応した金融緩和で世界の金融市場にはお金があふれていることもSPACを後押ししている。
ただ、問題も指摘される。市場では過熱ぶりを警戒し、バブルの兆候と懸念する声が出始めた。
有望なIPO候補がSPACに奪われるとの危機感が、新たなSPACの設立を加速させる循環に入っているとの指摘もある。上場候補の企業を多くのSPACが競って追いかければ、実態以上の買収価格がつくことになりかねない。SPACの期限が近づけば、優良とは言えない案件を買い急ぐ恐れもある。
例えば、ソフトバンクのSVFが巨額出資する共有オフィス賃貸の米ウィーワークは2019年、IPO寸前に経営状況が悪化し、上場を断念して再建に努めているが、米経済紙「ウォールストリート・ジャーナル」電子版(日本語版)の記事「SPACブーム、バブル懸念拭えず」(20年10月20日配信)は、
「仮にソフトバンクが昨年(2019年)、SPACを設立して運営していたとすれば、......ウィーワークはIPOプロセスの精査を免れ、経営が傾く前に上場していたかもしれない」
と書いている。
「今後は乱立したSPACの選別が進むだろう」(証券関係者)とみられるが、いずれにせよ、問われるのは、有望な未上場企業を見いだすSPAC側の目利きの能力だ。