「トランプ大統領は結果的に、支持者を煽った」。米議会議事堂乱入事件(2021年1月6日)の5日後、その周辺の様子を見に来ていた元海軍兵のトム・ジョーンズは、事件に対する思いを率直に私に語った。
「ごく一部の行為で、彼ら全体が非難される」
トム(70)のマスクとジャケットには、「NAVY(海軍)」と書かれている。服も全身、ネイビーブルーだ。
30年間、海軍に勤務し、日本の三沢、厚木、岩国、沖縄などの米軍基地での勤務経験もある。その後、ジョージ・ブッシュ政権下で国防省に所属していた。
3年前にワシントンからフロリダ州ジャクソンヴィルに引っ越した。その日は、医者の予約でワシントンに戻ったついでに、議事堂の周辺を見に来ていたところだった。
ワシントンには史上最大規模の約2万人の州兵が配備されつつあり、とくに1月20日に大統領就任式が行われる議事堂は、高いフェンスで囲まれ、異例の緊張に包まれている。
1月6日、トランプ支持者が大規模集会会場から議事堂まで行進したあと、その一部が議事堂内に乱入。死者を出す事件に発展した。
トムの政治的信条は保守で、経済や中東和平などの共和党の政策を支持し、今回もトランプ氏に一票を投じた。
「昨年夏に起きた黒人差別に対する抗議デモもそうだが、抗議デモの権利はアメリカ合衆国憲法修正第1条で守られている表現の自由です。そして抗議デモ参加者のほとんどは、平和的に声をあげ、抗議していた。それがアメリカというものです。
ただ、ブラック・ライブズ・マターの抗議デモと同じで、ごく一部の過激な人たちがあのような暴力的な行為を引き起こす。1人残らず、しかるべき裁きを受けるべきです。過激な人たちはごく一部なのに、それをもって私の保守派の友人たちが、民主党支持者全体を非難するように、ごく一部のトランプ支持者たちの行為で、彼ら全体が非難されています」
「頭に残るのは『行進し、戦え』という言葉だけ」
あの事件の日、大規模抗議集会から議事堂まで行進したトランプ支持者たちは、「今回のイベントは『Save America March(アメリカを救う行進)』と謳われ、自分たちは選挙『不正』に抗議するために、初めから行進するつもりだった。マスコミが報道するように、トランプに『議事堂に向かって行進し、戦え!」と指示されてやったわけではない」と口を揃える。
そのことについて、トムの見方は異なる。
「私はその場にいたわけではないので、ニュース報道から判断できるだけだが」と断ったうえで、「大統領は『議事堂に乱入しろ』と言ったわけではない。それでも一部の愚かな人間が、ああいう過激な行動に出ることはわかっていたはず。大統領はスピーチで、『平和的に、愛国的に行進する』と言ったが、一部の人間の頭に残るのは『行進し、戦え』という言葉だけだ」
トムは、「SNSの普及や偏向報道により、断片的な情報だけで人々が即座に結論を出し、それが一気に広がる傾向がある」と懸念する。
大統領選で「ドミニオン・ボーティング・システムズの投票機に不正があった」とのトランプ陣営の主張に対し、同社がシドニー・パウエル弁護士を相手取り、名誉毀損の訴訟を起こしたことにトムは触れ、「これで、さまざまな事実が明るみに出るはずだ」と期待する。
議事堂乱入事件についても、「その計画性や誰がどのように関与したか、これから捜査が進んで明らかになっていくはずだ。それまでは軽率に意見することは避けたい」とトムは言う。
「選挙結果に満足しなくとも、それを受け入れるべき」
1月6日にワシントンで集会とその後の議事堂への行進に参加したトランプ支持者らは、大統領選に不正があったと固く信じている。
これに対しトムは、「ほとんどの人は私と同じように、トランプ氏に一票を投じても、法廷で負けた時点でその結果を受け入れているはずだ」と言う。
トム自身、現役時代に、2004年のジョージ・W・ブッシュ氏(共和党)対ジョン・ケリー氏(民主党)の大統領選で、不正を目撃したという。
「どの選挙でも何らかの不正は行われている。ただ、結果が変わるほどの不正ではないはず。トランプ大統領は、法廷で負けたあとも支持者たちを焚き付け、希望を与え続けるべきではなかった。選挙結果に満足しなくとも、それを受け入れるべきです。選ばれた大統領のすることが気に入らなければ、また4年後の選挙で勝負すればいいのですから」
自分が一票を投じたわけではないが、トムはバイデン氏を、この国の大統領として迎える準備ができている。
次回は1月16日に、大統領就任式の準備が着々と進むワシントンで、民主党支持者たちの声を伝える。
(次回に続く)
++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。