「どうして、こんな事態にならなければならなかったの? 議事堂の中とここじゃ、まったく様子が違うのよ」。首都ワシントンで2021年1月6日、アメリカ合衆国議会議事堂を占拠したトランプ支持者たちが、外で高らかに大声で歌う米国歌を聴きながら、この女性はむせび泣きながら、私にそう言った。
私は前日の5日から、彼らとずっと行動を共にした。今回の連載では、私が実際にこの目で見た現場の様子を、何回かにわたって伝える。
前日も「フリーダム・プラザ」を埋めたトランプ支持者
「BE THERE. WILL BE WILD」(参加を。ワイルドになるだろう)。トランプ大統領が初めて自ら、支持者たちにそう呼びかけた大規模集会だった。民主党支持者の私の友人たちは、「危ないから行くな」と何度も私を引き止めた。
大規模集会前日の1月5日にワシントン入りすると、午後1時に始まった集会に駆けつけた。正確な人数はわからないが、会場の「フリーダム・プラザ」はびっしり人で埋まっていた。
反トランプ派と同じようにトランプ支持者もそのほとんどは、1人1人と接するとフレンドリーで、目が合うと微笑みかけてくる。親切で礼儀正しい人が多い。この日も写真を撮るために高い場所に乗ろうとした途端、私に向かって女性を含む4人が手を差し伸べた。2人の男性が後ろから、私を抱き上げてもくれた。私の横に仲睦まじく立っていた高齢の夫婦は、自宅でのパーティーに私を誘った。
彼らは支持者同士で、すぐに親しくなる。街中ではアンティファ(ANTIFA=anti-fascist、人種差別などに対して抗議運動を展開する左派組織)を怖がる人たちも多いが、明らかに支持者でない人に対しても「ハイ!」と声をかけたり、ホームレスの人たちに食べ物を手渡したりする場面を、私は何度も目にしたことがある。
集会では「選挙不正」を訴え、「合衆国憲法を守ろう」「愛国者たちよ、戦え!」とスピーチが続いた。国歌を歌い、祈った。
集会を途中で抜け、リンカーン記念塔へ向かうと、そこではトランプ支持者らがそれぞれ祈りを捧げていた。そこで知り合ったアラバマ州の女性3人組の1人アマンダは、母親が中国からの移民だという。
「この国のために大統領選挙投票日の11月3日から、飲み物しか口にせず、断食している。今、アメリカが、どんなに危機的な状態にあることか」と私に説明しながら、泣き出した。
「トランプは勝った。さっきの集会のスピーチで誰かが言っていたように、バイデンはエレクト(elect=選挙で選ぶ)されたのではなく、セレクト(select=最適な人を選ぶ)されただけ」と話す。
アマンダの連れの女性2人と、別の州から訪れていた男性と一緒にウーバーに乗った時、「トランプ支持者に囲まれて怖い?」と私がドライバーをからかうと、皆が笑い、1人が「そうよ、私たちは左派のためにも祈る、怖い人たちよ」と冗談を言った。
ドライバーは「僕はどちらも支持していないんだけど」と断ったうえで、「そう思っている人は多いね。今日明日は外に出るな、と言われているよ」と答えた。ワシントンでトランプ大統領に投票した人は、5%にも満たない。
彼らと「フリーダム・プラザ」に戻ると、激しい雨の中、まだ多くの人たちがスピーチに耳を傾けていた。集会は夜9時近くまで続いた。
「トランプは人種差別主義者ではない」と訴えてきたマーティン・ルーサー・キング牧師の姪も、登壇した。
「平和的に愛国的に、議事堂へ向かおう」
翌6日、大規模集会は午前11時に始まる予定だった。私が8時頃、ワシントン記念塔の近くに設置された会場へ向かうと、辺り一体、すでに人で埋め尽くされていた。全米から10時間以上かけて車で、飛行機を乗り継いで、「トランプ大統領支持の思いを伝えたい」「この国の民主主義のために」と、自腹を切ってやってくる。
午前5、6時に会場に着いた人たちが、「すでに長蛇の列ができていたため、中に入るのを諦めた」と私に言った。
あちこちで、よじ登った木の上から見ている人たちがいる。
前に大規模集会で、背が低いために何も見えなかったというボブは、脚立を持ってきていた。一緒に来ていた息子も自分もほとんど使わず、私を含め他の人たちに貸していた。脚立の上から一帯を眺めると皆、人の多さに圧倒され、必ず声を上げる。
「ガソリン代の足しに」とある男性がお礼に10ドル札を手渡そうとすると、「人のためになるなら、嬉しいんだ。トランプ支援のために使ってくれ」と丁重に断った。
トランプ大統領の息子たちや、トランプ陣営のルドルフ・ジュリアーニ弁護士などのスピーチのあとでトランプ大統領が登場すると、「USA! USA!」「We want Trump!(トランプがいい!)」「Fight for Trump!(トランプのために闘え!)」の大歓声が沸き起こった。
トランプ氏が、いかに不正が行われたかを延々と語っていると、私の後ろの女性が、「一体、誰に話してると思ってんのよ。私たちはみんな知ってることよ。寒くて震えてるんだから、さっさと話を切り上げて、議事堂に行進しよう!」と痺れを切らして叫んだ。
ついにトランプ大統領が、「平和的に愛国的に、声を上げ、ペンシルベニア・アヴェニューを議事堂へ向かおう」「God bless you. God bless America」と締めくくると、支持者集会のテーマソングとなった「Y.M.C.A.」の音楽とともに、支持者らが米国旗や「TRUMP 2020」の大旗を手に、穏やかに行進し始めた。
そしてこのあと、彼らが辿り着いた議事堂で、前代未聞のあの占拠・乱入事件が起きたのだった。その現場の様子を連日、伝える。(次回に続く)
++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。
このトランプ支持者の集会のあと、あの議会議事堂占拠事件は起きました。トランプ大統領のスピーチの時に、巨大な星条旗が後ろから人々の手で前方に移動しているところです。この集会の記事は今日夕方、J-CASTより公開されます。 pic.twitter.com/FjpZ0F0Mkq
— 岡田光世「ニューヨークの魔法」エッセイシリーズ発売中 NY英語も学べます (@OkadaMitsuyo) January 9, 2021