「トランプが支持者に集まれと呼びかけたのは、『この国のために戦え』ということもしれない。身の危険もあるし、万が一のために僕も銃を持っていく」――。今回の大統領選に対する2021年1月6日の大規模な抗議集会の前々日、トランプ支持者の男性はそう語った。
取材のために私がワシントン入りすることを知った民主党支持者の友人たちは、「危ないから、行くのはやめて」と身の危険を案じて、何度も引き留めた。トランプ支持者がよく利用するホテルは、この期間の予約をすべてキャンセルし、休業する。
大統領が呼びかけた大規模抗議集会
このトランプ支持者のダニーに私は、ニューヨーク市内で行われた新型コロナウイルス感染で経営難に直面するレストラン関係者の抗議デモで出会った。彼は集会の前日朝6時の列車でワシントンに向かうという。
そのデモでダニーと私の会話に参加してきた黒人のジョーイが昨年暮れに、「みんなでこれに行くんだ」と、1月6日のワシントンでの抗議集会「MARCH for TRUMP」の情報を私に送ってきた。
そこには、「BE THERE, WILL BE WILD(参加を。ワイルドになるだろう)」と書かれている。これはトランプ大統領が2020年12月19日にツイートした言葉だ。
2020年12月14日、米大統領選をめぐって各州で選挙人による投票が行われ、バイデン氏が306人、トランプ氏が232人を獲得。バイデンの勝利が事実上確定したと各メディアは報じた。
1月6日には米連邦議会の上下両院合同会議で選挙人投票の結果を正式に確認する手続きが行われる。通常なら形式的に承認されるが、今回はテッド・クルーズ氏(共和党、テキサス州選出)を含む11人の共和党上院議員が、「論争になっている州の選挙人の投票結果に異議を唱える票を投じる意向を明らかにした。抗議集会はこの日を狙って開かれる。
クルーズ氏らは、10日間の緊急監査を実施する特別委員会の創設を求めるとし、州の合計票数が修正される可能性もあるとされている。
「万が一のために、銃を持っていく」
6日の大規模集会が『ワイルドになるだろう』というのは、どういう意味だと思うか」と、先ほどのトランプ支持者のダニーに尋ねると、「ことがうまくいかなかった場合には、『この国のために戦え』ということかもしれない。万が一のために、僕も銃を持っていく」と、先述のように答えたのだ。ワシントンでは、許可なしに銃を携帯することを禁じている。
米中西部ウィスコンシン州の小さな町の高校に、私が一年間留学したときの家庭のホストシスターは、私がこの抗議集会の取材のためにワシントン入りすると知ると、「トランプ支持者たちが武器を手に集まり、何をしでかすかわからないと報道されていたのよ。お願いだから行くのはやめて。ホテルも何もかもキャンセルするべき」と、電話で何度も私を引き留めた。
この会話のあと、ホストシスターが民主党系のネットワーク「MSNBC」のリンクを送ってきた。トランプ大統領のツイートの「Be there, will be wild!」の言葉などが黄色くハイライトされており、「大統領が過激派の支持者らに戒厳令を出すことを示唆し、ワイルドになると約束している」と警告する内容だった。
また、「暴力的なのはアンティファ(ANTIFA=anti-fascist、人種差別などに対して抗議運動を展開する左派組織)だと非難されるように、トランプ支持者たちがアンティファに変装すると話し合っていた」と報道されていたことにも触れた。
一方でトランプ支持者側は、アンティファがトランプ支持の「MAGA(Make America Great Again)」の帽子を逆に被り、支持者になりすまし、乱入していると批判してきた。
2020年暮れ、右派の自警団「プラウド・ボーイズ」がホテル・ハリングトンを行動拠点としていると米有力紙「ワシントン・ポスト」が報道した直後に、同ホテルはトランプ支持者の大規模抗議集会と重なる1月4日から6日の予約をすべてキャンセル。宿泊客や従業員の安全を守るために休業すると発表した。
2020年11月半ばに行われたトランプ支持者の大集会を私が取材した時も、その前の通りや歩道にもトランプ支持者が溢れていた同ホテルのバーが、夜8時半頃に突如、閉鎖となった。バーの経営者に私が理由を尋ねると、「ソーシャル・ディスタンスなどのコロナ対策が徹底されていないこと」をあげたが、支持者らは「民主党支持者の市長の命令に違いない」と反発。しかし支持者らのほとんどは、「我々は法と秩序を守る」と素直にその指示に従っていた。
「プラウド・ボーイズ」と「アンティファ」の衝突
今回、大規模集会の主催者側は、宿泊場所がなければ寝袋を持参するように呼びかけている。
「プラウド・ボーイズ」と「アンティファ」は、これまでも集会のたびに衝突を繰り返してきた。「プラウド・ボーイズ」は左派のメディアによって極右の暴力的な白人至上主義団体とされているが、右派は「アンティファ」を極左の暴力的組織とみなしている。
ニューヨークやワシントンなど民主党寄りの街で私が自分の目で見た限りでは、おおむね平和的に行われているトランプ支持者の集会に、左派が乱入してくるケースが目立った。
私がワシントン入りする5日午後のスケジュールを見ると、3時から「祈りのウォーク(PRAYER WALK)」が予定されている。
翌日の大規模集会を前に、「安全と我々の国、米議会の結果のため」に祈るという。
これまでトランプ大統領に好意的だった「ニューヨーク・ポスト」紙も、12月28日付の社説で「敗北を受け入れよ」「共和党議員に異議を申し立てるように呼びかけるのは、民主主義的ではない」と非難した。
全米から多くのトランプ支持者が駆けつける大集会は、大統領選の投票日以降、何度か実施された。が、トランプ大統領が自ら支持者に呼びかけたのは、今回が初めてだ。
わざわざその日のために全米から駆けつける支持者の多くは、「狂信的なトランプ信者」というより、ごく普通のアメリカ人だ。
ダニーの言うように「ことがうまくいかなかった場合」、トランプ大統領は支持者らに何を求め、支持者らはどんな行動に出るのだろうか。
やや緊張しながら、私はその日を現地で迎えようとしている。
(随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。