外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(30)歴史家・ 磯田道史さんと考える「過去の知恵」

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一生に一度のイベント「死」に着目

   速水氏は2000年、文化功労者になった。普通なら「泰斗」として悠々自適の生活に入ってもおかしくないが、速水氏の場合は違った。マンションの一室を借りて私設の研究室とし、スペイン風邪の研究に入ったのである。

   磯田さんは当時、「そうか、先生は生から死に向かうのか」と感じたという。速水氏の研究はそれまで、出生変動の解明が主なテーマだった。それが今度は「死」を主要テーマにすると思ったのだという。

   「あらゆる人は一生に一度、生と死を経験する。結婚なら、ゼロの人も3度や5度の人もいる。生涯に一度のイベントである生と死ほど、論理的で実証的な手堅い研究の対象にふさわしいイベントはない。先生はそうお考えになったのでしょう」

   当時は、スペイン風邪の世界的な影響を調べた英国の研究成果も発表され始めていた。過去の統計から推計される「超過死亡」をもとに、スペイン風邪の死者数を割り出す研究もあった。速水氏は、日本の各種統計を駆使して地域別に死者数を割り出し、全国の新聞記事を集め、流行の変遷の実態に迫った。その成果は2006年、「日本を襲ったスペイン・インフルエンザ」(藤原書店)として刊行され、09年、速水氏は文化勲章を受けた。

   速水氏がスペイン風邪を研究していた当時、磯田さんは茨城大学助教授として水戸に赴任していたため、新聞記事ファイルの書架ならべを手伝うくらいしかできなかったが、その著書を受け取ったころ、速水氏が漏らした言葉に強い印象を受けたという。速水氏はこう言った。

   「大流行は必ず、また来る。その時、行動の制限を受けた国民は、政府に協力できるだろうか。各国政府は、感染や対策の情報をガラス張りで公開できるだろうか」

   スペイン風邪の著書には、「人類とウイルスの第一次世界戦争」という副題がついている。「第一次」という言葉に、「必ず、また来る」という速水氏の警告がこめられていたのだろう。

   今回のコロナ禍が始まった時、磯田さんが真っ先に思い浮かべたのは、速水氏が漏らした「必ず、また来る」という言葉だったという。

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