「中の人」というネットスラングがある。着ぐるみや声優といったキャラクターの操演者から転じて、組織の広報担当や、そこに所属しながら発信する人物を指す言葉だが、2020年はその定義や、位置づけが大きく変わった年だった。
企業の情報発信を取り巻く状況の変化から、そんなひとりである筆者(ネットメディア編集者)の今後まで、ネットで活動する「中の人」について考えたい。
企業アカウントの炎上が相次ぐ背景
下半期になって、企業広報のツイートをめぐる「炎上」が相次いだ。筆者は、その背景に「お気持ち文化」の加速と、コミュニティの細分化があると考えている。「お気持ち」を「ニコニコ大百科」で引くと、「自分の意見を当人が思っている意見や心の感情や心境の変化を言葉に表し、ブログやSNSで表現する事」とある。
「中の人」ブームもひと段落して、新規参入組が目立つには、それなりのインパクトを打ち出す必要がある。多少過激と思われても、企業イメージとの「らしくない」ギャップを伝えることで、フォロワーとの近さをアピールするのは戦略として、ひとつの形だろう。事実、ツイッターの普及とともに、こうしたスタイルの「中の人」たちが人気を集めてきた。
しかし、発信者は数少ない人々に向けているつもりでも、SNSの性質上、もともとのコミュニティ(フォロワー)以外にも届いてしまう。そんな本来対象としていなかった人々から、その「感情」をぶつけられてしまう可能性を織り込んでいないと、多大なリスクが生まれてしまう。属人性をアピールした企業広報は、そんな「諸刃の剣」なのである。
一方で「中の人」の存在が見えなくても、ネットでウケる広報戦略もある。多くのウェブコンテンツを生んだ「Adobe Flash」(旧Macromedia Flash)のサポート終了を前にして、サントリーが12月に投稿した動画「クラフトボス『Flash Back Memories』」は、そのひとつだ。
2000年代前半に流行したFlash動画をモチーフに作られた今作には、ブーム当時、中学生だった筆者を含めて、「お気持ち表明」したくなった人も多いだろう。特設ページの「Special Thanks」には、往年のテキストサイト管理人から、現在もネットニュース編集者やライターとして活躍するレジェンドたちが並んでおり、スタッフロールだけでも「エモさ」にあふれている。彼らも広義の「中の人」と言えるが、作品の前面に出ているのはナレーションの宮崎吐夢さんはじめ、ごく少数のため、属人的なそれとはちょっと違う印象を受ける。
「中の人」の立ち位置はどこへ
近ごろ、「中の人」の立ち位置が、「外の人」になりつつある気がする。筆者のような記者・編集者も、SNSの普及によって、媒体の枠にとらわれない発信ができるようになった。その結果、個人の主張を広めるために、所属メディアを利用しているように見える場面もある。
時には、媒体に所属する人間が、個人としてのツイートに対して指摘を受け、みずから媒体の外で「再検証」することも。企業広報の例もそうだが、メディアなり運営企業なりに属する「中の人」というよりも、一定の影響力を持つ個人、つまり「外の人」として扱われるようになったのではないか。
もし衆人環視されているにも関わらず、このような変化に気づかず、マジックミラー張りの部屋のように「内側の空間」しか見えていないとしたら――。「かつて『中の人』だった『外の人』」の炎上リスクは、こうした所に根っこがあるような気がする。
変わるメディア業界、変わらぬ採用システム
人材を入れる「骨組み」である、サイト運営の形も変わってきた。アメリカではBuzzFeedとハフポスト(旧ハフィントン・ポスト)の経営統合が発表され、日本版の行方にも注目が集まっている。昨年発表されたヤフー(Zホールディングス)とLINEの経営統合とともに、国内ネットメディアをめぐる環境は、2021年に大きく変動するだろう。
大手資本からのスピンオフもあった。朝日新聞が運営していた読み物サイト「DANRO」は10月、創刊編集長が買い受ける形で、独立したウェブメディアに。すでに更新を停止し、サイト閉鎖を予定していただけに、極めて珍しいパターンと言えるだろう。
枠組みの変化と平行して、ネットメディアの「中の人」のキャリア論が語られる機会も増えてきた。筆者自身も、自社から発信される記事のみならず、全国ネットのラジオ番組でニュースを毎週解説するなど、その活動の幅が広がってきた。とはいえ、私が就職活動した8年前から、新卒採用しているネットメディア運営企業は少なく、いまなお選択肢は限られている。
当社では新卒入社、あるいは異業種からの第2新卒入社も珍しくないが、業界全体ではまだ、既存メディアからの中途入社が一般的だ。経歴を問わずとも、これから10年、20年と経るなかで、業界全体がどう移り変わるのか。そして、社内でどのような立ち位置につくのか、はたまた「上がり」があるのか......。
既存メディアのようなコースがないなか、キャリアをどう形成していくか。それが20代前半でこの世界に入り、今や中堅世代となった私たちの使命だと信じている。
(J-CASTニュース副編集長 城戸譲)
年明けからJ-CASTニュースの運営体制が変わることになりました。編集長と筆者は退任し、後任はどちらも後輩へ。さらにフレッシュになる編集部を、これからもご愛顧のほど、お願いいたします。
【J-CASTネットメディア時評】
いまインターネットでは、なにが起きているのか。直近の出来事や、話題になった記事を、ネットメディアの「中の人」が論評します。
城戸譲 J-CASTニュース副編集長
1988年、東京生まれ。大学でジャーナリズムを学び、2013年ジェイ・キャスト新卒入社。Jタウンネット編集長などを経て、18年10月より現職。「ニュースをもっと身近に」をモットーに、政治経済からエンタメ、生活情報、炎上ネタまで、真面目とオモシロの両面で日々アンテナを張っている。ラジオとインターネットが大好き。(Twitter:@zurukid)