岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち
「メリー・クリスマス」は禁句になったのか

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   「メリー・クリスマス」の言葉が、米国の街から少しずつ消えつつある。「トランプ大統領のおかげで、私たちは再び『メリー・クリスマス』と言えるようになった」。こう主張するトランプ支持者らの声もあるが、本当なのか。

   私がいるニューヨークの街では宗教上の多様性を意識した「ハッピー・ホリデーズ」の挨拶を耳にするほうがずっと多くなり、地方の小さな町でも浸透し始めている。

  • 毎年恒例のニューヨーク・ロックフェラーセンターに置かれた巨大クリスマスツリー(2020年12月、筆者撮影)
    毎年恒例のニューヨーク・ロックフェラーセンターに置かれた巨大クリスマスツリー(2020年12月、筆者撮影)
  • 毎年恒例のニューヨーク・ロックフェラーセンターに置かれた巨大クリスマスツリー(2020年12月、筆者撮影)

「ハッピー・ホリデーズ」が一般的なNY

   2020年12月24日のランチにニューヨーク市内でピザを買うと、別れ際に店員から「ハッピー・ホリデーズ」と声をかけられ、私もそう言い返した。

   この季節に以前はごく普通に使われていた「メリー・クリスマス」という挨拶をあまり耳にしなくなった。ニューヨークのように多様性のある街では、キリスト教徒だけでなく、ユダヤ教徒やイスラム教徒、ヒンズー教徒、仏教徒、無神論者なども共存しており、包括的で宗教色の薄い「ハッピー・ホリデーズ」という表現が一般的になりつつある。

   左派の一部は、「『メリー・クリスマス』は、他の宗教への配慮のない排他的な挨拶だ」とし、「ハッピー・ホリデーズ」と言うべきだと主張してきた。公共の施設や一般の店舗などからは、宗教色の強いクリスマスの飾りつけが姿を消しつつある。

   ニューヨークで「メリー・クリスマス」が躊躇なく飛び交うのは、キリスト教の教会やクリスマス・パーティ、あるいは有名なロックフェラーセンターの点灯式やクリスマスのイブや当日くらいかもしれない。

   こちらが「メリー・クリスマス」と挨拶し、相手から「ハッピー・ホリデーズ」と返ってくると、「いかにも自分が相手への配慮に欠けているかのように受け取られ、気まずい思いをする」という声も聞く。

共和党保守派の「クリスマスに関する戦争」

   12月5日、トランプ大統領は米南東部ジョージア州を訪れ、「メリー・クリスマス」の挨拶について支持者らに語った。

「まずはここにいる皆さん全員に、『メリー・クリスマス』と言わせてくれ。この言葉を覚えているだろうか。5年前に『これからもう一度、クリスマスと口にできるようになる』と私が言ったことを覚えているだろうか。そして誇りを持ってもう一度、口にしようではないか。彼らが再び、その言葉をボキャブラリーから除こうとしても、そうはさせない」

   この発言に対してミシガン州ダナ・ネッセル司法長官が、息子と初めて店に行った際、店員が「メリー・クリスマス」と挨拶した体験について、次のようにツイートした。

「息子はひどくショックを受けた様子で、『クリスマスを祝わないのは僕たちだけなの?』と私に聞いたので、『そうじゃないわ。私たちもみんなと同じようにアメリカ人。ジョー・バイデンはそのことをわかっているわ』と答えたんです」

   ネッセル氏はキリスト教徒ではなく、家族で「メリー・クリスマス」は使わないのだろう。また、民主党支持者のため、バイデン次期大統領は宗教的な多様性を認めているとも言いたかったようだ。

   しかし、このツイートには、「『メリー・クリスマス』という好意的な挨拶に傷付いたというのなら、問題があるのは挨拶した側ではなく、傷付いた側だ」などと批判が殺到。ネッセル氏はのちにツイートを削除した。

   ポリティカリー・コレクト(politically collect)であることを追求し、「メリー・クリスマス」ではなく「ハッピー・ホリデーズ」をよしとすることは、クリスマスを消し去り、米国の文化を破壊することであるとし、トランプ大統領や共和党保守派は、これを「War on Christmas(クリスマスに関する戦争)」と呼んでいる。

   敬虔なクリスチャンであるマット(30代、インディアナ州)は、相手が誰であろうと自分は「メリー・クリスマス」と挨拶し続けると言う。

「Christ(イエス・キリスト)だから、Christmasなんだ。キリストの誕生を祝う、復活祭と並んで最も特別なお祝いだ。holidayはholy day(聖なる日)の意味があることは知っているけれど、Christの存在はかき消されている。他の人が何と挨拶しようと構わないが、僕に『メリー・クリスマス』と言うな、などという権利は、誰にもない」

「オバマは我々からクリスマスを奪った」

   トランプ大統領は2016年大統領選のキャンペーン中、「当選したら『メリー・クリスマス』を堂々と言えるようにする」と支持者たちに約束。その後の冬の支持者集会では、「メリー・クリスマス」のサインを手にする人たちの姿が目立った。

   今、米テレビ局のニュースを見ていると、報道後の挨拶が、民主党寄りのMSNBCやCNNでは「ハッピー・ホリデーズ」であるのに対して、保守系のFOXニュースでは圧倒的に「メリー・クリスマス」が多い。

   実際に米国に住む人たちは、「クリスマスに関する戦争」をどのように受け止めているのだろうか。

   民主党支持者の私の知人のダイアン(60代、カリフォルニア州在住)は、「誰もクリスチャンからクリスマスを取り上げようとなんてしていない。多様性を認めて、『ハッピー・ホリデーズ』という挨拶が浸透してきただけの話。『クリスマスに関する戦争』なんてトランプや保守派が勝手に作り上げて大騒ぎして、政治利用しているだけ」と一笑に付す。

   トランプ大統領は「オバマは我々からクリスマスを奪った」と主張している。しかし、オバマ前大統領も「メリー・クリスマス」と何度も挨拶しており、トランプ氏自身がその頃、「ハッピー・ホリデーズ」と挨拶していたこともある。

   トランプ大統領は大統領令により、2020年のクリスマス・イヴを連邦の祝日に制定したが、オバマ前大統領も連休となる場合、クリスマスの前や後を1日、あるいは半日、連邦の祝日とした。

クリスマス・ツリーを飾るユダヤ教徒

   ユダヤ人のティファニー(30代)は、この季節にユダヤ教の「ハヌカ」も、クリスマスも祝う。マンハッタンのアパートには毎年、クリスマス・ツリーを飾る。

   「自分から『メリー・クリスマス』と挨拶することもあるし、そう挨拶されても嫌な気分になんてならないわ。お祝い事はたくさんあったほうが楽しいでしょう」と話す。

   厳格にユダヤ教の戒律を守る正統派ユダヤ教徒の友人デビー(50代)は、クリスマスを祝うことはない。

   「『メリー・クリスマス』と挨拶されても、ユダヤ人だからって殺されなければ、別に悪い気はしないわ」とホロコーストに言及して苦笑する。

   デビーはユダヤ教の「ハヌカ」の時期に、ユダヤ教徒ではない私にも「ハッピー・ハヌカ」と挨拶するので、私もそう挨拶し返す。

   私に「あなたを家族の一員のように思っているから」と彼女は言うが、私もそのように感じて嬉しい。

   マンハッタン中心部にある有名デパート「メイシーズ」の店員2人に、この季節の客への挨拶について尋ねると、「企業としてとくに指示されることはない」と答えた。

   「クリスマスを祝わない人もいるから、『ハッピー・ホリデーズ』と声をかけることが多いけれど、時には『メリー・クリスマス』と言うこともあるわ。どっちにしたって、気持ちのいい楽しい挨拶なのだから、お客さんに文句を言われたことなんてないわよ」と口を揃える。

学校ではクリスマス・ツリーを飾らなくなった

   私が高校時代に留学した米中西部ウィスコンシン州にある人口2,8 00人の小さな町は、97%が白人だ。そこに住む友人マリー・ジョー(60代)によると、「この町では『メリー・クリスマス』と挨拶する人が今でも圧倒的に多いけれど、店などでは『ハッピー・ホリデーズ』と声をかける人もいる。ポリティカリー・コレクトに配慮しているのだなと思う程度だわ」と言う。

   クリスマスを祝わない家族はほとんどいないだろうと思われるあの町でさえ、そういう意識の人たちがいることに、正直、驚いた。

   電話の向こうで彼女の夫ガーニー(60代)が、「学校ではクリスマス・ツリーを飾らなくなったよ。校舎の前の木をクリスマス用に装飾しているけれどね」と会話に参加してきた。

   電話を切る前に、「ガーニー、メリー・クリスマス」と私が言うと、彼がわざと「ハッピー・ホリデーズ」と答えたので、「ガーニーがポリティカリー・コレクトになってるわ。でも私はクリスチャンよ」と笑った。

   メリー・ジョーやガーニーをはじめ、全米に住む私の友人知人は皆、「ハッピー・ホリデーズ」でも「メリー・クリスマス」でも「どちらでもいい」、「どちらを言われても、嫌な気持ちはしない」と答えた。

宗教的な意味合いを失いつあるクリスマス

   ある世論調査によると、店で店員などからかけられる挨拶は、「メリー・クリスマスがいい」と答えた人は32%であるのに対し、「ハッピー・ホリデーズがいい」と回答した人は15%だった。共和党支持者に限ると、「メリー・クリスマス」が過半数に達し、「ハッピー・ホリデーズ」はわずか7%だった。

   「どちらでもよい」と答える人は、過半数を占めている。他の人がどちらの挨拶をしようが気にならない、と回答する人は8割に及ぶ。どちらであろうと、好意的な挨拶に目くじらを立てる人は、ほとんどいないということだ。

   それは米国でも、クリスマスが宗教的な意味合いを失いつあることと関係しているだろう。とくに若者やリベラル派では、宗教離れが目立つ。

   世論調査でも、「クリスマスを祝う」と答えた人は90%にも及ぶのに対し、「クリスマスの宗教色が薄れた」と過半数が答えている。

   「クリスマスに関する戦争」の背景には、クリスマスから宗教色が薄れ、キリスト教国家としてのアイデンティティが揺らいでいることへの危機感もある。

   相手がキリスト教徒であるとわかっている場合は、堂々と「メリー・クリスマス」と言えばいい。ユダヤ教徒であれば、「ハッピー・ハヌカ」が妥当だろう。自分の宗教の祝いを相手と分かち合いたいと願うなら、そうすればいい。相手の宗教がわからず、相手の信仰を尊重したいなら、「ハッピー・ホリデーズ」が適当だろう。

   何より大事なのは、言葉そのものより、そこに込める思いではないだろうか。

(随時掲載)

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。

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