日銀が日本株の最大の株主になったようだ。マスコミ各社の報道を総合すると、株式を集めてつくる上場投資信託(ETF)の保有額は既に時価で45兆円に達し、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の日本株保有額を抜いたとみられるのだ。
新型コロナウイルス感染拡大への対応で金融緩和を強化したためだ。ただ、日銀による株価の下支えは、企業の価値を評価する場としての株式市場の機能を歪めるものとの批判も強い。
ETF購入という特殊要因
世界の現状を見ると、新型コロナ拡大に伴う急速な景気悪化への対応策として、各国は大規模な財政支出や金融緩和政策を実施し、カネ余りの状況になり、資産、とりわけ株が値上がりする環境になっている。ここにきて、ワクチン接種開始がコロナ危機からの脱却の期待を高め、日米などで株価を押し上げている。
ただ、日本は、世界の主要中央銀行の中で唯一、日銀がETFを購入しているという特殊要因がある。コロナ禍のなか、単月で購入額が1兆円を超えることもあり、巨大な買い手の存在が株価を下支えしているのは明らかだ。
ETFは特定の指数、例えば日経平均株価や東証株価指数(TOPIX)の動きに連動する運用をめざし、東京証券取引所などに上場している投資信託のこと。対応する指数は株式だけでなく、債券、REIT(リート)、通貨、コモディティ(商品)の指数もあるが、日銀の購入が問題になるのは株式指数連動型ETFだ。
ETFはそれ自体が一つの株のように取引所に上場していて、刻々、変動する時価で売買される。ETFを運用する会社は指数に見合う現物株を売買するということになり、ETF保有者は、指数を構成する個々の株を直接保有する株主ではないが、間接的に保有することになる。日銀がETF購入により「大株主」になるというのは、そういう意味だ。
「異例」と認めてのスタートだったが
日銀がETF購入を開始したのは10年前の2010年12月。民主党政権の下、白川方明総裁時代で、デフレ脱却が見通せず、景気下振れリスクも高まるという状況でのこと。日銀自身、「中央銀行にとって異例の措置であり、特に、金融資産の買入れは、異例性が強い」と認めての窮余の策だった。
年間4500億円を上限としてスタートしたが、2012年末に第2次安倍晋三政権が発足し、黒田東彦氏が日銀総裁に就任して「アベノミクス」の柱として「異次元緩和」を開始し、その一環として2013年4月にETF購入上限は「年間1兆円」となり、その後は2014年10月に3兆円、2016年7月に6兆円に増額。2020年3月には新型コロナに対応した金融安定化策として、12兆円まで購入を増やせることにした。
安倍政権では日銀と並び、GPIFの資産構成も2014年10月に変更され、国債を減らす一方、日本株の比率を12%から25%に倍増させた。国債に偏った運用では必要な利回りは得られないとの理由だが、日銀と並び「2頭のクジラ」と呼ばれるほどの株の「爆買い」は「官製相場」との批判を招いている。
「最大株主」の立場は「盤石」
そのGPIFは総資産規模170兆円、2020年9月末時点で日本株比率は24%に達している。ただ、その後も株価上昇が続いており、黙っていても時価は膨らみ、株の比率が上昇する。10月以降、新たに売買していないと仮定した場合、保有株の時価は45兆円、比率は25.72%になる計算という。25%は絶対的な枠ではなく、一時的には最大上下8%の乖離は認められているが、実際には「保有株を売り越している可能性が高い」(市場関係者)とされる。
一方、シンクタンクの試算によると、日銀のETF買い入れ額は10月末時点で累計35兆円に達し、ETF全体の7割を日銀が保有。株価の値上がりで11月末の時価ベースで45兆円を超え、GPIFの保有額を上回ったもようだ。日銀にはGPIFのような保有制限枠はなく、金融政策として今後も必要に応じて買い増すとみられ、「最大株主」の立場は「盤石」といえそうだ。
この額は東証1部上場企業の時価総額の約7%を日銀が保有していることになる。シンクタンクによると、発行済み株式の10%以上を日銀が間接的に保有する企業は70社、5%以上は400社近くに達し、多いところでは、半導体検査装置メーカーのアドバンテスト24%、ユニクロを運営するファーストリテイリング20%などとなっている。
「ガバナンス不全の弊害を招いている」
日銀のETF購入の狙い、効果はどうだろう。
まず、これは金融政策として行われている。国債を市場から買い入れると同じように、「量的・質的金融緩和は2%の物価安定目標の実現を目指すこと」という大枠のなかでの政策だ。とはいえ、長期金利が低下することで、金融機関が貸し出しを増やすほか、金融機関や投資家が株式や外国債券などリスク資産の運用を増やすことも狙っており、特に株に連動するETF購入でリスク資産への投資を促す効果を狙っているのだ。
実態としては、日銀がETFを買う→ETF価格上昇→構成する個別株も連動して上がる(上がらなければ、割安の個別株を買ってETFを売ればもうかる)――という株価引き上げ効果が大きい。実際、日銀は株価が下落した局面でETFを買っているとされ、株価安定が最大の効果ということだ。もちろん「株価が下がれば金融機関の財務体質が悪化し、貸し渋りにつながる恐れもあったので、金融システムの安定化に寄与した」(アナリスト)と評価することはできるだろう。
だが、弊害を指摘する声は強い。株式市場の「日銀中毒」ともいえる状況で、「経営がしっかりしていなくとも株価が上昇するため、ガバナンス(企業統治)不全の弊害を招いている」(市場関係者)。実際、株式市場では「バリュー(割安)株投資ができない」という声が強い。企業業績に関係なく日銀が買い支えるから、業績が悪くて大きく下がったところで将来の復活を期待して買う――といった当たり前の投資ができにくくなっているのだ。
黒田総裁は「2%の物価上昇目標が実現する状況になるまで金融緩和を続ける。出口を議論するのは早い」と繰り返し、国債やETFを買い続けるばかりだが、「出口戦略」を検討すべきだとの声は強まっている。もちろん、日銀がETFを売る可能性が出るだけで株価が急落しかねないのが「日銀中毒」の株式市場の実態だから、慎重な対応が必要なのは言うまでもないが、国債なら満期まで保有する手もあるが、ETFは売らなければ永遠に手元に残る。
「アベノミクスの継承」を謳う菅義偉政権だが、安倍内閣の負の遺産に手を付けるのはいつになるのか。金融政策の正常化に向けたかじ取りは一段と難しくなっている。