「お願い、大統領令を出して」――。 2020年の米大統領選で各州の選挙人投票(12月14日実施)でジョー・バイデン氏が過半数を獲得し、「勝利が確定した」と報道されるなか、こんな声がトランプ支持者の間で盛んに叫ばれている。
もし大統領令が出されるとすると、その期限が12月18日(米現地時間)だからだ。マスメディアでほとんど取り上げられないこの大統領令とは何か。そしてトランプ支持者らは「バイデン勝利確定」にどんな思いでいるのか。
選挙干渉の外国人らに制裁を課す大統領令
12月11日、ニューヨークでユダヤ教のハヌカのパーティに参加した時、民主党支持者の女性が「トランプはいつになっても、自分たちの前から消えないんじゃないか」と不安げな顔でつぶやいた。
それを耳にした男性が、「そのうちマスコミもまったく相手にしなくなって、消えていく。大丈夫だ」と慰めていた。
その4日後の15日、ニューヨーク市内で行われた新型コロナウイルスに関する抗議デモで、複数のトランプ支持者に出会った。
そのうちの1人パトリックが、「トランプ、頼む。大統領令を出してくれ。バイデンもカマラ・ハリスもマスコミも、中国の選挙介入に手を貸していたやつらを裁いてくれ」と拝むような素振りをして見せた。
ツイッターなどのSNSでも、「President Trump! It's time to implement executive order! トランプ大統領! 大統領令を実行する時です!)」、「Please! Fight for our nation. Do not leave office. Use the executive order.(お願い! 私たちの国のために戦って。職を去らないで。大統領令を使って)」といった声が多く聞かれる。
指摘されている大統領令は、サイバー攻撃やその他の手段で、米選挙への外国の干渉が明らかになった場合に、外国の企業や個人に制裁を課すというものだ。トランプ大統領が2018年9月12日に署名した。
これは、2016年の大統領選挙をめぐって外国が干渉した疑惑が浮上したことを受け、2018年11月6日の中間選挙の目前に、再発防止を目的として署名された。
トランプ大統領は今回の大統領選で、「民主党による不正の背後には、中国の存在がある。これを見過ごせば、米国の民主主義が崩壊する」と主張している。
しかし、トランプ大統領の弁護団による「選挙不正」の法廷闘争は、ことごとく敗訴や取り下げという結果になっている。トランプ支持者らが期待を込めた連邦最高裁でも、テキサス州や他州が激戦州を訴えた訴訟は却下された。
「北京は米国を支配する意図がある」
2020年12月14日には、選挙人による投票が行われ、バイデン氏がその過半数を獲得し、勝利が確定した。バイデン氏は次期政権の閣僚を次々と指名。着々と準備を進めている。
トランプ大統領の重鎮であるミッチ・マコーネル共和党上院院内総務も、選挙人投票の結果を受け、バイデン氏とカマラ・ハリス氏を、それぞれ次期の大統領と副大統領に認めた。しかし、マコーネル氏は米国で選挙に使われている「ドミニオン投票システムズ」(Dominion Voting Systems)のロビイストらから献金を受け取ったと、「ニューズウィーク」誌などが2019年に報じている。
先の大統領令は、外国の干渉を支援、隠蔽、加担した個人や企業の全資産を差し押さえる権限を、米司法省に与えている。これにはマスコミも含まれる。
そのためには、国家情報長官であるジョン・ラトクリフ氏が、外国の干渉について、大統領、国務長官、財務長官、国防長官、司法長官、国土安全保障長官に報告する。国家情報長官は、米連邦政府の情報機関を統括する立場にある。
ラトクリフ長官は「ウォールストリート・ジャーナル」の寄稿(12月3日付)で、「中国は、米国と世界の民主主義に対するナチスドイツ以来最大の脅威だ」と警告した。
さらに「情報(intelligence)によれば、それは明らかなことだ。北京(中国政府)は米国や世界の他地域を、経済的、軍事的、そして技術的にも、支配する意図がある」と指摘。「今後、米国の国家安全保障の最大の焦点は、中国とすべきだ」とし、「中国政府は米国との終わりなき対立に備えており、米国も同様に備える必要がある」と強調している。
また、FOXニュースのインタビューでも、「中国が新型コロナウイルス感染を意図的にたいしたことでないように見せかけて世界中に蔓延させ、経済や人命や政治、そして投票方法を変更せざるを得ないなど、米選挙にも多大な悪影響を与えた」と指摘した。
12月18日までに「報告書」が提出されるのか
ラトクリフ長官の報告書は、選挙投票日の45日後の12月18日が提出期限だ。報告書の内容が検討され、外国による選挙介入が明らかになった個人や企業に対して、大統領令に基づいて、資産が凍結される。
しかし、「安全保障上の中国の脅威をより強調すべき」であると主張するラトクリフ長官と他の諜報関係者とで意見が割れ、期限までに提出できない可能性も一部で報道されている。
12月14日に行われた選挙人の投票は、1月6日に上下院すべての議員の前で開票し、選挙人総数の過半数に達した者が大統領となる。通常はそれを受け入れるが、上下議員1名ずつ名乗り出れば異議申し立てができ、州の選挙人投票が無効になる可能性もある。しかし、今の時点で、モー・ブルックス下院議員(共和党、アラバマ州選出)以外に名乗り出ている議員はいない。
今回の記事冒頭に出てくるニューヨークの抗議デモで、出会ったダニー(30代)は、トランプ支持を示す「NEW YORK FOR TRUMP」の赤い野球帽を被っていた。
ダニーは「トランプ、勝ち目はほとんどないだろうな。でも、4年後には必ず出馬して、再選する」と言い切った。
すると、サミーが嬉々として、携帯電話で動画を私たちに見せ始めた。12月13日に首都ワシントンで行われた「選挙不正」に抗議するトランプ支持者の大集会に、彼が参加した時のものだ。
「トランプは勝つ! こんなにたくさんの人たちが祈っているんだ。今ここで『不正』を暴き、民主主義を守らなければ、こうした選挙はこれからも続いていく」
ダニーのように今もトランプ氏を支持し続ける人たちがいる一方で、マスメディアや民主党支持者はもちろん、共和党支持者の中にも、「国民の投票結果を受け入れようとしないトランプは、民主主義の敵だ」と非難する声は強い。
ミネソタ州ミネアポリスに住む知人のメロディは、「証拠がないのにあらゆる手段を使っても負けを認めようとしないトランプは、最後までこの国の恥だわ」と吐き捨てるように言う。
しかし、トランプを支持する先述のパトリックは、考えが違う。
「トランプ大統領の訴えが法廷の場でことごく却下されているのは、証拠がないからではない。保身のために、判事もトランプの味方にはなりたくないんだ」
(随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。