新型コロナウイルス感染拡大を受けた政府の追加経済対策が決まった。菅義偉首相として初の経済対策は、財政支出が40兆円、金融機関の融資や民間の投資も含めた事業規模は73.6兆円に上る。
感染対策もさることながら、感染収束後をにらんで温室効果ガス排出「実質ゼロ」や官民のデジタル化といった中長期の成長戦略に51.7兆円と全体の約7割を投じている。新聞各紙の書きぶりは、左右を問わず辛口だ。
コロナ後も見据えて基金創設
コロナ対策としては、病床確保を支援するため医療機関向けの「緊急包括支援交付金」を拡充。PCR検査の強化やワクチンの確保・接種体制の整備も進める。感染拡大を防ぐため時短営業をした飲食店への協力金に使える「地方創生臨時交付金」も1.5兆円増やす。
コロナで打撃を受けた企業や個人への支援策では、年内としていた雇用調整助成金の特例措置を2021年2月末まで延ばし、3月以降の段階的な縮小をめざす。観光支援策「Go Toトラベル」と飲食店支援の「Go Toイート」は6月末まで延長する。
国会の議決を経ずに政府の判断でコロナ対策に使える予備費も2020年度補正と2021年度当初に各5兆円を計上する。
一方、コロナ後に関しては、2050年までに温室効果ガス「実質ゼロ」とするためとして革新的な技術開発を支援する2兆円規模の基金を創設。デジタル化促進事業にも1兆円規模を充てる。与党から要望が強かった防災など「国土強靭化」のための公共事業も、2021年度から5年間で15兆円程度を実施するとした。
非常時とはいえ...財政規律の議論は置いてきぼり
だが、経済対策は問題点も指摘される。
まず、国債の大量発行だ。対策の裏付けとして、国の2020年度第3次補正予算案と2021年度当初予算案に計30.6兆円を計上。さらに、国が低金利で貸し出す「財政投融資」や地方の負担を合わせ40兆円規模ということになる。3次補正は一般会計と特別会計を合わせて20.1兆円程度になる見通し。政府は4月、5月に事業規模計230兆円の大型の経済対策をまとめ、当初予算を含めた2020年度の国債発行額は既に90兆円を超えている。3次補正も大半は国債で財源を賄うため、当初見込んだ税収のコロナ禍による落ち込みの穴埋めも含め、2020年度の国債発行額は空前の100兆円を軽く突破することになる。コロナ禍という「非常時」であるとしても、財政規律の議論がすっかり吹き飛ばされた感は否めず、将来に禍根を残すとの懸念は多い。
国債問題と重なるが、対策策定が「規模ありき」で進んだのは否めない。自民党は11月30日に経済対策の提言をまとめ、下村博文政調会長が菅首相に申し入れた。いろいろと中身はあるが、最大のポイントが「需給ギャップ」。国内総生産(GDP)ベースで、7~9月期に年換算で需要が34兆円足りないという内閣府の統計を挙げ、「それを埋めるような近い額で大型補正を組んでほしい」と首相に求め、実際に予算計上30.6兆円、他を加えた財政規模40兆円と、まさに下村氏の主張に沿った仕上がりになった。
「総選挙」にらむと読む新聞各紙
これについて大手紙は、発表前から「量ありき、効果に懸念」(日経4日朝刊5面)などと指摘。発表を受けた9日朝刊も「総選挙にらみ規模感優先」(朝日3面)、「規模ありき 歳出圧力」(毎日2面)など、こぞって批判的に報じた。あるエコノミストは、「そもそも対策で実際に大半が支出される2021年度以降に、需給ギャップがどの程度になっているかは見通せないし、仮に対策によってギャップが埋まったとしても、それで失業が解消され、あるいは事業が回復し、国民生活が安定を取り戻すというものでもない」と指摘する。
中身も問題がある。菅首相が「雇用を維持し、事業を継続し、経済を回復させ、新たな成長の突破口を切り開く」(8日の政府・与党政策懇談会)と強調するように、コロナ対策と経済成長の「二兎を追う」のが政権の狙いで、(1)新型コロナ感染拡大防止策、(2)ポストコロナに向けた経済構造の転換、(3)国土強靱化――を3本柱に掲げる。ただ、このうち、国土強靱化は自民党の二階俊博幹事長の肝煎り施策で、対策全体の規模を大きくするための「膨らし粉」になった形。5年で15兆円とするうち、今回の対策分は5兆円以上とされる。
菅首相肝いりの「看板政策」に関わる基金も懸念はある。脱炭素化に向けた2兆円規模の基金のほか、世界レベルの研究基盤を構築するため10兆円規模の「大学ファンド」も新設する。複数年にわたって使われる基金事業は、対策の規模を大きく見せるために使われる常套手段だが、支出のチェックが甘くなり、無駄遣いの温床になった例も過去にあり、批判が根強い。
2020、21年度の各5兆円ずつとされた予備費も、不測の事態に即応するためとの大義名分で、使途はコロナ対応に限定されるとはいえ、国会の議決なしで政府の判断で使えるだけに、第2次補正での5兆円にも、あまりに多額だと、野党が猛反発した経緯がある。コロナ前は年間5000億円程度が相場だったことを考えると、支出へのチェック機能が弱まる恐れがある。
大手紙は一斉に社説(産経は「主張」)で9、10日に論じたが、日ごろの政権へのスタンスの違いを越えて、総じて辛口だ。
「柔軟に中断や再開ができる仕組みを」読売もクギ
「最優先すべきは、逼迫(ひっぱく)する医療体制の拡充を急ぐことだ。にもかかわらず、医療機関への支援など感染対策に充てるのは財政支出のわずか2割にも満たない」(毎日9日)など、コロナ対策より経済に重心を置いたような対策への疑問は多い。持続化給付金の3月打ち切り方針など「出口」を意識している点にも、「非正規労働者を中心とした雇用対策、危機に直面している中小零細企業支援などもまだまだ不十分だ」(東京9日)など、十分な対応を求める声が強い。
このところの感染急拡大で停止議論が活発なGo To事業の6月までの延期を早々に盛り込んだことにも、「経済活動を刺激しすぎるあまり感染が増勢を強め、かえって経済再生が遅れるのでは元も子もない。......状況に応じて(Go Toなど)経済活性化策を中断し、感染拡大防止に専念する柔軟な政策運営を徹底してもらいたい」(産経9日)、「感染拡大の中で、人の往来を活発化させる需要喚起策には慎重さが要る。柔軟に中断や再開ができる仕組みを検討してほしい」(読売9日)などと、政権支持の論調が目立つ2紙もくぎを刺したのが目立った。
規模の拡大についても「これまで実施してきた経済対策の使途や効果を十分に検証しないまま、支出の積み増しに走った印象は拭えない。......最たる例は『国土強靭化』......だろう。......本当に必要な事業を選別したようにはみえない」(日経9日)、「コロナ禍の下、政府は機敏で柔軟な対応が求められている。しかしだからといって、なし崩しで財政規律を形骸化させてはならない」(朝日10日)と、規律の緩みを批判している。