岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち
ジョン・レノンが「分断の今」を生きていたら

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   「真実がほしい」(Gimme Some Truth)――。ジョン・レノンが作った曲のタイトルで、1971年のアルバム「イマジン(Imagine)」に収録されている。コロナで「自由」を奪われ、「分断」された米国で今、人々はジョン・レノンに何を求めているのか。彼が生きていたら、私たちにどんなメッセージを送っただろうか。

   自宅前で凶弾に倒れ、40歳でこの世を去ったビートルズの元メンバー、ジョン・レノンを追悼するため、2020年12月8日の命日にニューヨーク・セントラルパークの記念広場に集まったファンの人たちに聞いてみた。

  • ニューヨークのセントラルパークのストロベリー・フィールズには多くの人々が集まり、ジョン・レノンを偲んで花束が捧げられ、ローソクが灯された(2020年12月8日、筆者撮影)
    ニューヨークのセントラルパークのストロベリー・フィールズには多くの人々が集まり、ジョン・レノンを偲んで花束が捧げられ、ローソクが灯された(2020年12月8日、筆者撮影)
  • ニューヨークのセントラルパークのストロベリー・フィールズには多くの人々が集まり、ジョン・レノンを偲んで花束が捧げられ、ローソクが灯された(2020年12月8日、筆者撮影)

「『真実がほしい』と言うはずだ」

   「真実がほしい」(Gimme Some Truth)――。

   ジョン・レノンが生きていたら今、どんなメッセージを私たちに送ったと思うか、と私のすぐ隣でギターを弾いていたマイケル(38)に聞くと、開口一番、そう答えた。

   マイケルはこの日、夕方5時から午前1時過ぎまで、セントラルパークの一角にあるジョン・レノンの記念広場「ストロベリー・フィールズ(Strawberry Fields)」で8時間、ギターを弾き続けた。

   「真実がほしい」は、発表後、ベトナム戦争に対する反戦ソングとなった。その歌詞にはこうある。(和訳は筆者) 

「僕はもう、耳を傾けるのはうんざりなんだ
   イライラした目先のことしか見えない偏狭な偽善者の言うことに 僕がほしいのは、真実だけ
   ほんの少しの真実をくれ」
「『真実』は『愛』以上に大事なことだ。ジョンは言うはずだ。真実がほしければ、恐れるな、と。恐れることをやめれば、誰にもコントロールされることはない。その権利を失うことは、『自由』を失うこと」

   マイケルは音楽で生計を立てようとしているが、以前はジャーナリストとして働いたこともある。この日、彼と同じように、ギターを手にミュージシャンが次々と現れた。ドラムやキーボードも持ち込まれる。タンバリンでリズムを取る人もいる。

   音楽に魅きつけられるように、人々がひっきりなしに訪れる。50、60人がミュージシャンを囲み、演奏に合わせて、レノンやビートルズの曲を歌い続ける。少し離れたところで、ギターを弾き、歌い、踊る人たちもいる。

   ホームレスの人たちも、笑顔で交じっている。

「ジョンはどちらの政党も支持しないのではないか」

   マイケルは、辺りを見渡し、続ける。

「コロナで『表現の自由』も奪われた。こうやって堂々と集まることもできなくなった。大したことじゃないという人もいるけれど、そうは思わない。今ここでこうして、僕たちが体験している以上の自由はないよ。ジョンなら、踊って歌って、自由に人生を楽しんで、と言ったはずだ。ロックンロールって、そういうことなんだよ」

   すると輪の中で男性が踊りながら、「ジョンはみんなに踊ってほしいんだ」と叫ぶ。

   マイケルは言う。

「今、オンラインでは検閲が行われている。コロナのことについても何でも、皆と同じように考えなければ、問題視されるような時代になってしまった。ジョンなら、『自由な思想を持て、疑問を口にしろ』と言ったはずだ。でも疑問を持てば、『陰謀論』だなんて言われてしまう。民主党にコントロールされたCNNなどのメインストリーム・メディアが、トランプ側の言い分を『陰謀論』とレッテルを貼っているように」

   ジョン・レノンの殺害にCIAが関与していたとの「陰謀説」にも、マイケルは触れ、「真相はわからないけれど、有り得ないことではない」と言った。

   ジョン・レノンが反戦運動などで、米国政府に目をつけられていたからだ。

   マイケルは、「心を自由にして真実を求め、僕たちやジョンのような多くの人のエネルギーと良心が集まれば、世の中は変わっていくよ」と言い切る。

   ニューヨークやワシントンDCなどのリベラルな街では、友人や職を失うことを恐れ、トランプ支持を表明できない人たちがいる現実について、私が話した。

「ジョンは、共和党、民主党、どちらの政党も支持しないのではないかと思う。どちらの政党も腐敗し、裕福な一部の人たちのことしか考えていない。お互いに相手を激しく非難し、叩いてばかりいるから、コロナ対応の追加経済対策も難航している。でも、ジョンはたぶん、どちらの声にも耳を傾けると思う。社会が分断されている今、そういう人間が必要なんだ」

『イマジン』とは結び付かない「アメリカ・ファースト!」

   歌の輪から少し離れたところに、30代の女性2人が立っていた。2人とも、親の影響でビートルズを聞くようになったという。彼女たちは、自分たちの親と同年代くらいで、レノンと同じ名前の男性ジョン(65)とそこに来ていた。

   男性は、ジョン・レノンが射殺された40年前のあの夜、カリフォルニア州のハリウッドで、フットボールの試合をテレビで観ていたという。

   突然、中継が遮られ、「ニューヨークから臨時ニュースが入りました」と告げられた。頭をハンマーで殴られたようなショックを受けた。

   「ジョンが今、生きていたら?」と私が問いかけると、「現政権に腹を立て、失望したに違いない。トランプのファンにはなっていないだろうね」と皮肉って笑いながら、ジョン・レノンが作った「イマジン(Imagine)」の歌詞の一部を次のように口ずさんだ(和訳は筆者)。

Imagine all the people
Living life in peace...
「想像してごらん
みんなが平和に暮らしているのを...」

I hope someday you'll join us
And the world will be as one
「君もいつの日か仲間になってほしい
そうすれば 世界はひとつになる」

   「この歌詞と、『USA! USA!』『アメリカ・ファースト!』と拳を振り上げて唱える姿は、結びつかないよ。ジョン・レノン自身、国外退去を命じられたことがあるし」とこの男性は言う。

   反戦運動などでFBIなどに目をつけられていたジョン・レノンは、マリファナの不法所持を理由に、米国出入国管理局から国外退去を命じられるなど、最終的に永住権を手に入れるまで、紆余曲折があった。

   ただ、分断された今の社会で、ジョン・レノンが果たせる役割について、この男性は前出のマイケルと同じことを言った。

   「ジョンは今も自分の思いを歌い続け、人々の心を1つにしてくれただろうと思う。そのためには、異なる意見にも耳を傾ける必要がある。僕たちも社会として、そうなるように努力しなきゃならないね」と話す。

夜のストロベリー・フィールズを埋め尽くす人々

   私はこの日、ストロベリー・フィールズを昼と夜の2度、訪れた。この広場の中央に、「IMAGINE」と記された円形の記念碑がある。そこはジョンの写真や花束、ロウソクでびっしり埋め尽くされた。

   夜遅くまで、そこで足を止める人の姿は絶えることがなかった。気温は摂氏零度近く、携帯電話を持つ手がかじかむ寒い夜だったが、ギターの音色や歌声を聞きながら、ロウソクの灯りに照らされるジョン・レノンの写真を見つめていると、40年たった今も彼が多くの人の心を1つにしていることを、改めて感じる。

   弁護士のスティーブン(40代)はその記念碑に、ジョン・レノンの写真をコラージュした大きな額をそっと置き、見つめていた。

   スティーブンは40回の命日のうち20回は、ここに追悼に訪れた。ビートルズが大好きな少年だった彼は、あの夜、ジョンの死を1人、ベッドの中で聞いた。あまりのショックで、「部屋がぐるぐる回っているように見えた」という。

「ジョンが今、ここにいてくれたらと思うよ。今も素晴らしい音楽を作り続けてくれただろうから。彼はもちろん、誰もがそうであるように、欠点もあった。攻撃的だとか、品がないとか、性差別主義者などと言われたこともある。でもそれは、くだらないポリティカリー・コレクトがどうのこうの、ってレベルのことだ。彼は、あの時代の独自の音楽を作り上げた」

   私が「ジョンは、コロナと大統領選について、何を思うかしら」と問うと、スティーブンはこう答えた。

「彼はちゃんとマスクもするだろうな。彼が作った歌に『Isolation(孤独)』というのがある。『これがコロナのテーマ曲です』ってクスクス笑いながら、言うんじゃないかな。ジョンは『表現の自由』を大事にしていたとはいえ、横柄なトランプを支持はしないだろう。とはいえ、不幸にも殺されてしまったジョンを、僕が代弁することはできないからね」

   そして、こう続けた。

「どちらが大統領になっても、この国を1つにまとめてほしい。そう願っている」

(随時掲載)

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。

 
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