コロナが初確認されて2020年12月8日で1年。4日には世界の感染が6500万人、死者が150万人を突破し、なおも拡大が続いている。疫病は文化や精神をどう変えるのか。欧州のペスト史研究の第一人者と、イタリア・ルネサンス文化論に詳しい文学者に話をうかがった。
ペスト史研究家・石坂尚武さんに聞くペスト禍
欧州のペスト禍はどのように歴史を変えたのか。12月6日、同志社大名誉教授の石坂尚武さん(73)にZOOMでお話をうかがった。石坂さんは同志社大を卒業後、大学院修士課程で2年間文化史を学んだ後、中学・高校で23年間教鞭を執り、その間、大学院で博士号(「論文博士」)を取得。1995年に同大に助教授として着任し、数年後に本格的に欧州のペストの研究に取り組むようになった。以後20年間、毎年1、2回はイタリアを中心に欧州を回り、各地の教会に残るペスト関係のフレスコ画などの美術作品を調査した。調査した教会は800を超える。教会は「美術館」であり「史料館」でもあるからだ。一方、現地の古文書館や内外の図書館などでペスト関係の文字史料を60点以上集めて翻訳をした。その成果は、ライフワークともいえる800頁もの編著「イタリアの黒死病関係史料集」(刀水書房)(「日本翻訳家協会翻訳特別賞」受賞)や、膨大な書簡や生活記録、公文書などから「心性史」を読み解く「苦難と心性 イタリア・ルネサンス期の黒死病」(同)などに結実した。
石坂さんはまず、高校の教科書などに書かれたルネサンスの記述は誤解もしくは誤った俗説だという。俗説とは次のようなものだ。
「ペストによる破滅的な打撃によって強制的に中世の終焉を迎えたヨーロッパに、ルネサンスはようやく自由や開放的な気運をもたらした」(あるウィルス研究者の著書より)
この俗説のように、中世を「暗黒」、ルネサンスを「光明」に見立てる図式はたしかにわかりやすい。しかし、それは登山をするのに地形変化のよくわかる5万分の1の地図ではなく、大雑把な百万分の1の地図に頼り、重大な史実(地形変化)を無視して、史実を極端に歪めてしまうようなものだ、という。