2020年の終わりを目前に、なお全国各地で猛威をふるう新型コロナウイルス。外出時はマスクを着用し、行く先々で手指を消毒、家に帰れば手洗いうがい――国内での感染が始まってから10か月近く続くこの生活に、正直「慣れてしまった」という人も少なくないだろう。
今、世間は「withコロナ」の新しい生活に移り変わりつつある。子どもたちを預かる「保育施設」もそうだ。コロナ禍によって大きな影響を受けた業界の一つだが、現在はどのような形で子供たちの成長を見守り、何を課題としているのだろうか。
J-CASTニュースは2020年11月25日、総合保育サービスを手掛ける明日香(神奈川県横浜市)の経営企画・人事本部/事業企画・人財開発室室長の末廣剛さんに話を聞いた。
末廣さんがあげた、新型コロナウイルスの影響で生じた保育業界の変化と課題は以下の4点。
(1)現場の感染対策
(2)子どもへの対応
(3)保護者との連携
(4)保育士の不足
現場では今、何が起きているのだろうか。
「子どもの成長を促すことが、一番の使命」
(1)現場の感染対策
新型コロナウイルス感染拡大の影響により、保育現場で起きた「変化」について、末廣さんは次のように話す。
「保育園での衛生管理が非常に厳しくなっています。これまで子どもたちとなるべく近くで接していた場面で距離を保つ、必ずマスクをするなどです。近くで付き添ってやっていた介助ができなくなってしまうことが起きています。 例えば給食の時、保育士は子どもたちに付き添って介助を行います。しかし接近すること自体が密になってしまうので、そこを保育士・保育施設がどう捉えていくかが課題に挙がっています」(末廣さん)
明日香が保育・子育てに特化した研究プロジェクト「子ねくとラボ」にて、全国の保育士に対して行ったインターネット調査(有効回答100人、集計期間:2020年10月14日~23日)では、62%が「保育より、感染症対策を優先したい」と回答。その一方で、31%は「保育を優先したい」と回答しており、感染対策を優先したいと考える保育士が多い傾向に見られる。
「感染対策を優先したい」と回答した人からは、
「祖母が一緒に住んでるので、家にコロナを持ち込むこと不安だから」
「感染が広がれば、預けることさえできなくなる」
「園内で集団感染してしまうと、影響は保護者やその会社などにまで及ぶので、感染症対策を優先せざるを得ないと思う」
(インターネット調査より)
という理由が挙げられている。
とはいえ、多くの子どもたちを預かる保育現場で「密集・密接」を避けることは容易ではない。末廣さんによれば、保育施設で働く職員たちは感染予防に気を配る中で、保育を優先せざるを得ない「ジレンマ」を抱えているという。
「現在は少しずつ慣れてきた部分もありますが、4~5月は混乱が生じていました。子どもが密になるのは仕方ないですが、避けなさいという指示が行政側から出てしまうと『じゃあどうしたらいいの、その方法を教えてよ』という形になってしまうので」
末廣さんは、保育と感染予防を両立する中で、ある程度の「割り切り」も大事だと話す。
「他の保育専門家も仰ってますけど、(保育と感染対策の両立において)『それはできない部分なんだ』という割り切りも大事なんじゃないかなという意見もあります。子どもたちの成長を促すことが、保育士の一番の使命であるので。
感染を防ぐために保育士自身の体調管理は徹底し、保護者や外部の方がいらっしゃる場合は衛生管理をご協力いただく。そういった形で大人がしっかり対応していくことになると思います」(末廣さん)
「育児を優先したい」その背景にあるのは...
(2)子どもへの対応
「子どもたちの成長を促していくことが一番の保育士の使命」と語る末廣さん。先ほどの調査で「保育を優先したい」と回答した人からも、「子どもの発達を優先したい」といった声が上がっている。
「幼児期に形成される人としての土台づくりはとても重要だと考えているため、できる限りで構わないので保育を優先して欲しいと考えています」
「子供の今の年齢で発達に必要な育児ができないなら感染症対策はほどほどでよいと思う」
(インターネット調査より)
感染対策が子どもの発達に影響を及ぼす可能性はあるのか。末廣さんに聞くと、
「0~1歳の乳児は、『この先生こんな表情してるんだな』と、言葉で表すことできません。乳児期の子どもたちは表情を真似することで、脳内で他人への共感が始まります。また、真似において違いを感じられると、それが自他の区別に繋がり、目の前にいる人が『自分と異なる心をもっている』ということを知ることになります。
これらは、子どもたちの成長に重要な『社会性』を身につける上で、とても重要なプロセスになります。しかし、先生の表情がマスクで隠れている状態になるため、子どもの成長が促されず、乳児の発達に関しては影響が出てくるんじゃないかと思います」
そのため明日香が運営する一部の保育施設では、乳児に対する主な保育活動(食事などを除く)において「保育士がマスクを外す」という選択をとっている。その際は保護者の理解を得たうえで行っているという。
ただ、明日香が運営するすべての施設でその様な対応をしているわけではなく、常時マスクを着用している施設も存在する。末廣さんは対応の違いについて「どっちが正解ということはありませんが、前者の場合は保護者との連携が成り立った例です」と話している。
2歳以上の幼児の活動にも、影響はでている。保護者が参加するような行事は多くが中止になるほか、集団で取り組む保育活動はなるべく避けるような形をとっている。
「保育室内にコーナーを設けて、子どもたちが分散できるような形を取っています。1日のスケジュール自体を変える場合もありますが、全部を変えてしまうと保育士側の計画が大きく崩れてしまうので、なるべく変えずに子どもたちの感染を防ぎながらやっています」
本来ならば保護者が参加するはずだった行事も、通常の保育活動の中で実施し、後で写真を共有するといった方法を取ることが多いと末廣さん。新型コロナウイルスと向き合う中で、新たな形の「保育」が誕生しつつある。
コミュニケーション不足が「育児の孤立化」に拍車
(3)保護者との連携
新型コロナウイルスの影響は保育施設の職員や子どもだけに留まらない。感染対策の中で生じてくるのが「保護者とのコミュニケーション不足」という課題だ。
明日香が全国の保育園・幼稚園に通う子どもを持つ会社勤めの保護者に対して行ったインターネット調査(有効回答101人、集計期間:2020年9月8日~10日)では、「他の感染症も増えてくる本格的な秋・冬に向け、育児に関する悩みはありますか?」という問いに対し76.2%が「ある」と回答。その中で出た悩みの中には、
「冬に向けて、今以上に何をしたらいいのか分からない」
「コロナ渦の中どこで遊べばいいか」
「保育園の行事がなくなったり、縮小したりする中でなかなか先生やお母さん方と何気ないお話ができないのが、ストレスがたまる」
といった声が見られる。
「保護者にとっては園にきて何気ない会話を先生たち、保護者としたりして子育てに関する情報を仕入れたりします。インターネットリサーチで回答は出ていますが、そういったコミュニケーションはかなり不足している。ただでさえ子育ての孤立化が進んでいるので、そういた意味では国を挙げて今課題に挙げている『少子化対策』にも大きな影響を与えていると思います」(末廣さん)
施設によってはオンライン保護者会の実施や、手紙のやり取りを通じて保護者とのコミュニケーションを図っている。末廣さんは複数の保育施設が休園していた緊急事態宣言時に「預け先の重要さが明るみになった」と話す。
「子育ての悩みがあっても、なかなか他の人には聞けないことがあります。その理由の一つが、聞くことへの『罪悪感』です。『みんな普通にやっているのに、私は聞いていいのかしら』『こういうの聞くのは普通ダメなんだよね』といった先入観がある方もいます。そういったことを聞いてもいいんだよ、と周りから伝えていくことが必要なので、ベビーシッター(明日香の事業の一つ)として対応している時はお話しています。
普段会っている先生と会わなくなってしまうと、子育てに対する不安はより強くなってきます。その中で『いつでも聞ける』という環境を築くのはすごく大事なことだと思います」(末廣さん)
新型コロナウイルスが拡大する以前から、社会問題の一つに挙がっている「育児の孤立化」。末廣さんはこの問題がコロナ禍でより深刻化しているとし、今後は保護者とのコミュニケーションにおいて、「オンライン・オフラインの両立」が重要になってくると話す。
「内閣府が発行する『少子化社会対策大綱』の中でもICT化が謳われており、数年前から保育業界では導入がどんどん進んでいます。例えば施設側としては、保護者とコミュニケーションをとるツール(連絡帳など)を電子化することで、コミュニケーションの隔たりをなくしていこうという取り組みです。
ただ、保育業界全体としては昔からITリテラシーの低さが課題にあり、これをクリアするのは結構ハードルが高いです。行政主導のもと、もう少し普及させていけたらと思います」(末廣さん)
コロナ禍で失われた「保育実習」の場
(4)保育士の不足
これからの保育業界が抱える一番大きな課題として、末廣さんが挙げたのは「保育士の不足」だ。
「保育の養成学校や短大を卒業する子たちは、例年7~8月あたりに保育実習を行って、実践力を身につけつつ現場の雰囲気を肌で味わいます。実習生は「自分はやっていけるぞ」という確信を得る一方、逆にふるいに落とされる子もいます。
しかし今年はコロナの影響で実習先がみつからず、実習を受けられない子たちがかなり増える見込みです。来年就職して、仕事が始まってから『思ってたのと違うな』となれば、早期退職につながるので、指導にあたる先生は他の業務もある中で指導方法を変えなければならない、という状況に陥るかもしれません」
そんな学生たちに実習の機会を与えようと、明日香は8月27日、秋草学園短期大学(埼玉県所沢市)の学生20人を対象に「オンライン保育実習」を実施。保育士のスケジュール公開や、オンラインを通じた園見学を行った。
参加した実習生が回答したアンケートには、
「現場に行って行う実習が難しい状況で、少しでも現場の雰囲気を感じることができた」
「現場の実習では直接話を聞くことがあまり出来ないけど、オンラインだと話を聞ける時間が多くあるのでいいと思いました」
といった前向きな感想が寄せられている。しかしその一方で、
「実際に体験しないと園の中の雰囲気や 現場で働いている先生方の対応など分からないこともあると考えるため、出来ることなら現場に行って実習はしたい」
「子どもと関わってみないとわからないことや、実際に保育者の援助を目の前で観察しないとわからない部分を学ぶ場なので役に立たないと思います」
というように、「実体験の場には代えられない」と感じる学生もいたようだ。
増える「受け皿」、保育士不足の悪循環に
コロナ禍で実習生たちの実体験の場が失われる一方で、政府は24年度までに14万人分の保育の受け皿が必要になるとの見込みを示している。受け皿はすでに整備される方針が今秋固められている。
「政府は24年までに14万人分の受け皿を作ろうとしていますが、定員割れしている認可園も結構出てきています。
受け皿が増えていくと、その分だけ保育士を採用しなければならない。ある園で保育士不足になると、そこで働いている人たちの業務負担がどんどん増えていく、というのが数年前から業界の中に存在する問題です。今後はそれがよりいっそう強まっていく傾向にあると思います」
末廣さんは、今後は「保育業界の持続可能性」がより大切になってくると話している。
「保育園側も選ばれる保育園を形作っていかなければならない。差別化やカリキュラムの導入が具体的な方法かもしれませんが、まずは保護者と連携していかないと競争していけない。コミュニケーションをどういう風にとっていくかが保育園側に求められてくるところじゃないかなと思います」(末廣さん)
「保護者との連携」そして「オンラインとオフラインの両立」――この両者は「withコロナ」の時代、保育業界の持続可能性を考える上で一貫してカギとなってくるだろう。