「原爆投下直後の人たちが、生きて、動いて、しゃべっていました」
その後も3人のアカウントは投稿を続けていたが、9月18日には「やすこ」が、モデルとなった女性の日記の記述が終わったことにともないツイッターでの発信を終了。以降は、スタッフが情報を発信するアカウントになっていた。
12月7日には企画のスタッフが3人のアカウントを通じ、12月31日に「1945ひろしまタイムライン」を終了すると発表。終戦直後の暮らしぶりを伝えていた「シュン」と「一郎」のアカウントの更新は、元となった日記が終わる年末(1945年12月31日)まで行うとした。
終了発表を受け、ツイッター上では「モノクロの遠い過去のことが、今身近にあるように感じられた」「原爆投下直後の人たちが、生きて、動いて、しゃべっていました」「いつもほんとに繋がっている気持ちだった」といった声が聞かれている。
【1945年12月6日】
— シュン@ひろしまタイムライン (@nhk_1945shun) December 6, 2020
夕食、サツマイモがさっそく使ってある。砂糖をかけて食べる。
とても美味しい。こんなにうまいのは食べたことがない!
#ひろしまタイムライン
#もし75年前にSNSがあったら
【1945年12月7日】
— 一郎@ひろしまタイムライン (@nhk_1945ichiro) December 7, 2020
どんなバラックでもいい、私も家がほしい。
家主の佐野さん一家が間もなく疎開先の三田から帰ってくる。それまでに出ていかなければならない。#ひろしまタイムライン#もし75年前にSNSがあったら