東京・池袋の路上で2019年4月19日、乗用車が暴走して通行人を次々とはね、松永真菜さん(当時31)と長女・莉子ちゃん(当時3)親子が死亡した事故で、自動車運転処罰法違反(過失運転致死傷)の罪に問われた旧通商産業省工業技術院の元院長・飯塚幸三被告(89)の第2回公判が20年12月3日、東京地方裁判所で開かれた。
公判後、被害者参加制度を使って参加した遺族の松永拓也さんらが、報道陣の取材に応じた。「あくまで私の印象ですが」とした上で、法廷での飯塚被告について「モニターに映った時だけ顔を上げていました」「私たち遺族のことは頭にないんだなと思いました」と無念を口にした。
「モニターから地図が消えた時には目を伏せていました」
第2回公判では事故の目撃者3人が証人として出廷し、いずれも飯塚被告の車はブレーキランプがついていなかったことなどを証言した。実況見分調書が示され、目撃者は現場付近の地図を使い、どの地点で何が起きていたかを話した。
その際、この地図は法廷内のモニターに映された。被告と被害者参加人は法廷で向き合って座り、両者の背後にモニターがある。松永さんと飯塚被告は、互いに相手側の肩越しにモニターを見る格好になったという。
その時の様子を、松永さんは「あくまで私の印象ですが」と前置きしながらこう明かした。
「最初は(飯塚被告が)私の方を見ているのかなと感じました。ただ、現場の状況を示す地図がモニターに映った時だけ顔を上げていました。この方は私を見るのではなく、おそらくこの事故が自分に有利になるには(どうすればよいか)ということ、自分の裁判の行方に頭を巡らせていたのではないかと感じました。モニターから地図が消えた時には目を伏せていました。
前回(10月8日)の初公判では、私の調書が読み上げられた時には一度も顔を上げませんでした。今日は地図が出た時には顔を上げていました」
松永さんは「この方は私たち遺族のことは頭にないんだなと思いました。(遺族の顔を)見られないというのもあるかもしれませんが」と繰り返し、こう話している。
「私は裁判前からずっと、2人の命と私たち遺族の無念と向き合ってほしいと言い続けていますが、現在もそれは感じられません。私も残念です」
「淡々と自分の裁判をこなしているような印象を受けてしまいます。入廷時、退廷時も目線を合わせることはありませんでした」
「証言してくださった方々の言葉は非常に重いものでした」
報道陣の取材に応じた真菜さんの父・上原義教さんは「飯塚のほうも私は見ていましたが、(被告は)下を向いていました。自分が正しいと思っているのであれば、正々堂々と顔を上げてこちらを見てほしかった。本当に悔しい思いでいっぱいです」と絞り出した。
公判を終えて松永さんは「人間である以上憤りは感じます」とするも、「しかし場が場です。それに私にとって一番大事なのは、なぜ2人が亡くならなければならなかったのか、そのすべての真実を知りたいです」と、冷静さを保とうとしている。
証言について「証言してくださった方々の言葉は非常に重いものでした」と振り返り、証言台に立った目撃者3人に対し「事故当時のことを長く覚えてくださっていました。衝撃的な記憶でしょう。それを思い返して話すのは非常に負担だったと思います。証言として大きなものでした。遺族として感謝申し上げます」とお礼を述べた。上原さんも「証言された方々には本当にありがたいと思いました」と感謝した。
そのうえで松永さんは「これから弁護側がどんな主張をするか、司法がどう判断するかを注視したいです」と話した。
(J-CASTニュース編集部 青木正典)