岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち コロナ下の感謝祭、ディナーの話題も大統領選

富士フイルムが開発した糖の吸収を抑えるサプリが500円+税で
「Thanksgiving Day(感謝祭の日)、6フィート(1.8メートル)離れていれば大丈夫。うちで一緒に食事をしない?」

   ニューヨーク市に住む高齢の友人エバリンから、数週間前にそんな誘いがあった。私とは30年来の付き合いだが、年齢を明かしたことはない。おそらく、80代だと思う。

   例年の感謝祭は他州に住む友人宅にディナーに呼ばれるが、今年は新型コロナウイルス感染が心配なので、行かないという。

   米国で、感謝祭はクリスマスに次ぐ大きな休暇で、離れて暮らす家族が集まり、テーブルを囲む。日本で言えば、お正月やお盆のような帰省休暇だ。

  • ニューヨーク市・マンハッタンで感謝祭のターキーなどを無料で配る慈善団体の人たち(2020年11月、筆者撮影)
    ニューヨーク市・マンハッタンで感謝祭のターキーなどを無料で配る慈善団体の人たち(2020年11月、筆者撮影)
  • ニューヨーク市・マンハッタンで感謝祭のターキーなどを無料で配る慈善団体の人たち(2020年11月、筆者撮影)

国民の半数「コロナの予防接種受けない」

    2020年3月にニューヨークでコロナ騒動が始まって以来、エバリンは自分のアパートに人を入れたことがない。

   この夏、久しぶりに彼女と公園で会った時、彼女の最初の言葉は「私に触れないで」だった。彼女に触れようとしてなど、いないのに。コロナ感染を恐れて、おそらく誰に対してもそう言うのだろう。

   生涯未婚で、血の繋がりのある人はアメリカにもういない。私たち夫婦を自分の家族のように思っている。彼女の葬儀で読んでほしいと頼まれて私が書いた弔辞を、すでに彼女の遺言執行人に預けてあるという。

   感謝祭の日(11月26日)は先約があったので、彼女のアパートは別の日に訪ねると伝えた。

   後日、彼女から「やっぱり、室内で会うのは心配になった」と連絡があり、次のようなメールが届いた。

「直接会う代わりに、電話で思う存分、話すことにしましょう。理解してくれて、ありがとう。この感謝祭の日に、あなたたち夫婦が私の人生にいてくれることに、神に感謝します。コロナのワクチン接種を早く受けたい。そうすれば安心して、あなたと一緒に時間を過ごせるようになるから。接種の予約ができないか、医者に電話してみたけれど、まだ時期はわからないから、ニュースをよく見ているように、と言われたわ」

   複数の世論調査によると、アメリカ人の半数は「コロナの予防接種を受けない」と答えている。予防接種の信頼性が課題となっていて、私の友人の多くも「あまりにも急いで作られたものだから、長期的にどんな副作用が起きるかわからない」と懐疑的だ。

   でもエバリンは、「自由に人と会いたい。1人で家にいるのも精神的に辛いわ。不安にかられながら生活するのは、もうたくさん」と1日も早く接種したがっている。医療関係者や高齢者は、優先される。

「トランプの不正調査に感謝する」

   感謝祭の日にはテーブルを囲んだ人たちが、感謝の思いを口々に言い合うことがよくある。

   今回の大統領選に不正があったと信じているエバリンにとって、今年の感謝は、トランプ氏に対してだった。

「前は私たち国民にとって、メディアは公正で特別な存在だったし、敬意も払ったわ。それが今は、地に落ちた。メディが報道もせずに無視し続けているなかで、トランプが今も選挙の不正を諦めずに調査していることに感謝するわ。そして真実を明らかにするために、声をあげている人たちにも」

   後で聞くと、エバリンは、1人で過ごした今年の感謝祭では、ターキーも食べなかったという。

   カリフォルニア、フロリダ、ミネソタ州などに住む私の友人の多くも、一緒に住んでいる家族だけで感謝祭を祝った。

   離れて住む家族同士で同じ時間に食事をし、ビデオを通して会話を楽しんだ人たちも多い。

   一方、ニューヨークに住む別の友人サラは、あえてこの日を親しい人たちと過ごすことにした。サラも70代の高齢だが、私も含めて友人8人を自宅に招いて、例年のように感謝祭のディナーを企画した。年齢は30代から60代と幅広い。

   ただし、参加するためには、クリアしなければならない条件が1つあった。その直前に全員が必ずコロナの検査を受け、陰性であると確認することだ。

   ニューヨーク市では医療保険に加入していなくても、無症状でも、コロナのPCR検査と抗体検査を何度でも無料で受けることができる。

   とはいえ、テストを受けた直前に感染する可能性もあるので、完璧とはいえない。換気には十分気をつけていたが、テーブルでは隣や前の人との距離が近いし、飲食中はマスクをしていない。

   そのディナーでの感染の可能性もゼロではないことを思えば、で近々また検査を受け、検査前と結果が出るまでの間は、人に会わないようにすべきだろう。

   サラの家に集まった人たちは、ふだん外でもマスクをするし、手洗いや消毒もきちんとしている。

   いつもなら、州外に住むサラの娘も感謝祭は一緒に過ごすが、今年はコロナ感染の懸念があるため、移動を諦めた。

   ターキーは丸ごと一羽、サラがオーブンで時間をかけて焼き、パンプキンパイやオードブル、ワインなどをみんなで持ち寄った。

「私が感謝するのはバイデンが大統領になったこと」

   サラの家でも、「感謝」は大統領選についてだった。

   参加していた女性アレッサ(30代)が、「私が感謝するのは、バイデンが大統領になったこと。ついにトランプを追い出せる。そう考えると、これほど感謝の思いに溢れる感謝祭も初めてだわ」と笑った。

   テーブルを囲んでいた人たちは、揃ってバイデン支持者らしく、皆うなずいていた。

   それを受けてサラは、ガッツポーズで「A new president.(新たな大統領)」と満面の笑みをたたえながらつぶやき、「ここに皆さんがいることに、そして無事に今日を迎えられたことに、感謝します」と食前の祈りを捧げた。

   アレクサンドラ(40代)の5人家族の食卓にも、5キログラム

   のターキーの丸焼きがどんと置かれた。彼女はこれを、無料で手に入れた。

   11月上旬、ニューヨーク市マンハッタンの教会前に長蛇の列ができていたので、「何だろう」と私が足を止めた時に、順番を待っていたアレクサンドラと出会った。

   彼女はドミニカ共和国からの移民で、10数年前に離婚した。美容師として働いていたが、コロナ感染予防の影響で美容院が閉鎖し、今は失業保険でなんとかやりくりしている。

   この慈善団体は、多くの企業や宗教団体、個人の寄付で成り立っている。ターキーだけでなく、野菜や果物、缶詰、穀物などさまざまな食料品を、これまでもずっと無料で配布してきたが、今年はコロナの影響で初めて列に並ぶ人たちが目立つという。

   生活が苦しい人のために、食料品だけでなく、すでに料理された食事を無料で配る団体も多い。アレクサンドラはこうした複数の団体をチェックし、配布の時間と場所を頭に入れ、足を運んでいるという。

   今年は、ニューヨーク市郊外や全米の各地でも、無料のターキーや食料品を手に入れるために、何時間も長い列に並んで待つ人たちがいた。

   例年なら、低所得者やホームレスの人たちのために、感謝祭のディナーイベントを教会のホールなどで催すところも多いが、今年はコロナ感染予防のため、こうした屋内の企画は中止になっている。

   コロナの影響で人々は、いつもと違う感謝祭を過ごした。

   今回の休暇で、飛行機の利用は前年比の40%だが、車の利用はほとんど減っておらず、全米で5,000万人が移動したといわれる。

   感謝祭の26日、コロナ感染による入院患者数が9万人を超えた。

   例年は4キロメートルのニューヨーク名物「Macy's(メイシーズ)のサンクスギビング・パレード」も、今年は1ブロックとごく小規模で、雨が降るなか、ほぼ無観客で行われた。

   感謝祭の翌日のブラックフライデーも、セールを求めて並んだ人の列は、例年よりはるかに短い。

   暗いニュースが続くなか、街角に並び始めた本物のもみの木の香りが、心にほんのり希望を与えてくれる。

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。

姉妹サイト