岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち コロナ下の感謝祭、ディナーの話題も大統領選

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「私が感謝するのはバイデンが大統領になったこと」

   サラの家でも、「感謝」は大統領選についてだった。

   参加していた女性アレッサ(30代)が、「私が感謝するのは、バイデンが大統領になったこと。ついにトランプを追い出せる。そう考えると、これほど感謝の思いに溢れる感謝祭も初めてだわ」と笑った。

   テーブルを囲んでいた人たちは、揃ってバイデン支持者らしく、皆うなずいていた。

   それを受けてサラは、ガッツポーズで「A new president.(新たな大統領)」と満面の笑みをたたえながらつぶやき、「ここに皆さんがいることに、そして無事に今日を迎えられたことに、感謝します」と食前の祈りを捧げた。

   アレクサンドラ(40代)の5人家族の食卓にも、5キログラム

   のターキーの丸焼きがどんと置かれた。彼女はこれを、無料で手に入れた。

   11月上旬、ニューヨーク市マンハッタンの教会前に長蛇の列ができていたので、「何だろう」と私が足を止めた時に、順番を待っていたアレクサンドラと出会った。

   彼女はドミニカ共和国からの移民で、10数年前に離婚した。美容師として働いていたが、コロナ感染予防の影響で美容院が閉鎖し、今は失業保険でなんとかやりくりしている。

   この慈善団体は、多くの企業や宗教団体、個人の寄付で成り立っている。ターキーだけでなく、野菜や果物、缶詰、穀物などさまざまな食料品を、これまでもずっと無料で配布してきたが、今年はコロナの影響で初めて列に並ぶ人たちが目立つという。

   生活が苦しい人のために、食料品だけでなく、すでに料理された食事を無料で配る団体も多い。アレクサンドラはこうした複数の団体をチェックし、配布の時間と場所を頭に入れ、足を運んでいるという。

   今年は、ニューヨーク市郊外や全米の各地でも、無料のターキーや食料品を手に入れるために、何時間も長い列に並んで待つ人たちがいた。

   例年なら、低所得者やホームレスの人たちのために、感謝祭のディナーイベントを教会のホールなどで催すところも多いが、今年はコロナ感染予防のため、こうした屋内の企画は中止になっている。

   コロナの影響で人々は、いつもと違う感謝祭を過ごした。

   今回の休暇で、飛行機の利用は前年比の40%だが、車の利用はほとんど減っておらず、全米で5,000万人が移動したといわれる。

   感謝祭の26日、コロナ感染による入院患者数が9万人を超えた。

   例年は4キロメートルのニューヨーク名物「Macy's(メイシーズ)のサンクスギビング・パレード」も、今年は1ブロックとごく小規模で、雨が降るなか、ほぼ無観客で行われた。

   感謝祭の翌日のブラックフライデーも、セールを求めて並んだ人の列は、例年よりはるかに短い。

   暗いニュースが続くなか、街角に並び始めた本物のもみの木の香りが、心にほんのり希望を与えてくれる。

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。

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