EUの向かう先は?
この春のインタビューで遠藤さんは、欧州各国が自国民を優先させてマスクや防護服を確保したため、不足したイタリアなどには感情的なしこりが残っただろうと語った。経済的な打撃や、回復力も国によって大きく異なり、その差はEUの結束を弱める遠心力として作用する。だが、独仏が復興基金を提唱して求心力を高める姿勢を見せており。そこにEUの将来が懸かっている、との見方だった。
EUは7月、7500億ユーロ(約92兆円)の復興基金を創設することで、全加盟国が合意した。コロナで大きな打撃を受けたイタリアやスペインなどに手厚い配分をする計画だ。だが、最近になって、権力の濫用で「法の支配」が揺らいでいる場合には資金を拠出しないというルールが導入され、これにハンガリーとポーランドが反発して協議は行き詰まっている。予定通り、来年に資金を配分できるかどうかは微妙な情勢だ。この点について遠藤さんはこう話す。
「越年の可能性はあるが、合意するまで前年の例にならって執行するなど、まだ妥協の余地はある。復興基金はその規模からいっても、統合史に残る事業であり、EUはこれでコロナに対する存在感を示せた。EUはこれまでに何度も大きな危機を迎え、妥協と交渉によって一つ一つ乗り越えてきた。それを思えば、悲観の必要がない。むしろEUが来年に直面する大きな課題は、対米関係の立て直しになるだろう」
米国では、ようやくバイデン次期大統領への政権移行プロセスが始まり、新閣僚の指名が取り沙汰されるようになった。だが、トランプ政権の4年間で危殆に瀕した米欧関係を修復することは、容易ではない。
「アジア重視にシフトしたオバマ政権は欧州に冷たく、『欧州パッシング』とでもいうべき現象が見られた。だがボルトン前大統領補佐官(国家安全保障担当)の回顧録などを読むと、トランプ氏はまさに欧州を敵視し、ドイツなどとは敵対していた。欧州にとっては、本当に厳しい4年間だったと思う」
バイデン次期大統領は、基本的には大西洋関係、つまり欧州を重視する姿勢を取ってきた。その点で欧州は心配していないが、むしろ対中、対イラン、対北朝鮮など複数の変動要因によって、足並みがそろうかどうかを気にかけている。遠藤さんはそう分析する。
さらに来年までには英国のEU離脱が決着し、その後ドイツのメルケル首相が引退し、フランスでも1年半後の大統領選に向けてEU指導者の権力基盤が変化する。
EU域内外の多元方程式をどう解いていくのか。コロナ禍が続く来年もまた、EUにとっては多難な一年になりそうだ。
ジャーナリスト 外岡秀俊
●外岡秀俊プロフィール
そとおか・ひでとし ジャーナリスト、北大公共政策大学院(HOPS)公共政策学研究センター上席研究員
1953年生まれ。東京大学法学部在学中に石川啄木をテーマにした『北帰行』(河出書房新社)で文藝賞を受賞。77年、朝日新聞社に入社、ニューヨーク特派員、編集委員、ヨーロッパ総局長などを経て、東京本社編集局長。同社を退職後は震災報道と沖縄報道を主な守備範囲として取材・執筆活動を展開。『地震と社会』『アジアへ』『傍観者からの手紙』(ともにみすず書房)『3・11複合被災』(岩波新書)、『震災と原発 国家の過ち』(朝日新書)などのジャーナリストとしての著書のほかに、中原清一郎のペンネームで小説『カノン』『人の昏れ方』(ともに河出書房新社)なども発表している。