「私たちはメディアにはめられている」――。ニューヨーク・マンハッタンの街中でふとしたことで知り合った白人女性(60代)が、思いの丈を私にぶちまけた。
かなり感情的になってはいたが、彼女の声が多くのトランプ支持者の「本音」を代弁してもいるので、今回はこの女性に焦点を当てる。ただし、誰か特定されることを本人がとても恐れているので、ごく一部、詳細を変えてある。
「あの人たち、けだものよ!」
この連載の前回の記事 (2020年11月14日公開)では、「バイデン勝利」を受け止めよう、あるいは受け止めざるを得ないとするトランプ支持者たちを取り上げた。今回は、今の流れに強く反発する声を紹介する。
2020年11月9日、マンハッタンで信号を待っていると、イヤフォンをしていた目の前の若い女性が、楽しそうに踊り始めた。上手だなと思って見ていた私の隣で、信号を待っていた女性が、私と目が合った瞬間に口走った言葉に驚いた。
「あの人、暴動に走るタイプかしら」
その2日前の7日、「バイデン勝利」の報道に街中で踊り出した人々と、目の前で踊る女性の姿が重なったのだろうか。
「あなた、トランプを支持しているの?」と私が声をかけると、「当たり前よ」と躊躇することなく答えた。民主党支持者が圧倒的に多いこの街で、見ず知らずの私に心を開いたことに、さらに驚いた。
この連載記事を書いていると、私は話した。
女性は「あの人たち、けだものよ! あの人たちが吐く言葉1つ1つも、けだものだわ」と吐き捨てるように言った。
「警官に対する侮蔑的な態度も、吐き気がする。アンティファ(ANTIFA=anti-fascist、反ファシスト) は、怒りに満ちた負け犬よ。私は本当に腹が立ってるの。家族経営の店を破壊したり、焼いたりするなんて!」
そう言いながら、私たちの周りの、ベニア板ですべての窓やドアが覆われたいくつもの店を見渡した。大統領選投票日の数日前から、起こり得る暴動に備え、ニューヨークでも多くの店の窓やドアが板張りになった。
「そしてそのベニア板に、店の側が『Black Lives Matter』って書いておくのよ。『君たちの運動を支持するから、押し入るな』ってことでしょ」
誤解がないように書いておくが、ニューヨークに限って言えば、暴動が起きたのは、この5月、黒人男性ジョージ・フロイド氏が白人警官に殺された事件をきっかけにBLM運動が全米で高まった直後のごく限られた期間だ。
また、BLMの抗議デモ参加者の中に、警官を罵ったり、挑発したりする人たちもいるが、それはごく一部だ。
「私たちはメディアにはめられている」
彼女の夫は名門大学医学部を卒業し、医者として働いている。
「俳句って日本のものでしょう? 夫には毎日のように、医者仲間からトランプを馬鹿にしたくだらない俳句が、メールで送られてくるの。立派な教育を受けた人たちよ。どれだけ暇なのかしら。夫は返信せずに黙っているから、たぶんトランプを支持しているって気づかれているだろうけれど」
彼女と夫は、20代から読み続けてきた有力紙「ニューヨーク・タイムズ」の購読を、1か月ほど前にやめた。4、5年前まで、彼女は民主党を支持していたという。
「今のメディアは異様なほどにトランプを叩き、偏見に満ちている。トランプはファシストだと言い続けるけれど、そういう自分たちこそ、ファシストだわ。あれは報道じゃない。この国は全体主義に陥っている。『ウォール・ストリート・ジャーナル』も、最近は『フォックス・ニュース』までもが、そんな状態よ。
でも、メディアには権力がある。私たちはメディアにはめられている。大統領選はまだ票の集計が終わっていないし、トランプも敗北宣言をしていないのに、なぜメディアが『バイデン勝利』を宣言するの? メディアは今頃、『やったね。誰が大統領になるか、自分たちがコントールできるんだ』って、大喜びしているはずだわ」
「バイデン勝利」を主要メディアが報じ、ニューヨークの街じゅうに人が溢れ、踊り歌い喜び合っていた日、彼女は耐えられず、家にこもっていたという。
「『バイデン勝利』に民主党支持者が大はしゃぎして、すでにバイデンが大統領のように振る舞っている。メディアがバイデンを、大統領に仕立て上げた。マスコミは『President-elect(次期大統領)』と繰り返し、既成事実をどんどん積み重ねていき、これをひっくり返したら、この国は大変なことになってしまう、という状態に持っていっているのよ。米国の内陸部に住む多くの人たちにとって、本当に不公平なことだわ」
西海岸と東海岸以外の地域に、トランプ支持者がより多い傾向にあるからだ。
「トランプ支持がわかったら、何もかも失ってしまう」
彼女は、ニューヨーク市内で生まれ育った。
「この国を愛しているし、ニューヨークが大好きだったけれど、もう我慢がならない。この街に住む人たち、頭がどうかしているわ」と憤る。
「当たり前のように、私がトランプを嫌っていると思って、会話が始まるのよ。自分たちとは違う意見を持つ人がいると、想像できないの? だから私、友達には『バイデンに投票した』って言うの。そうしないと変人扱いされるし、バイデンの悪口を言えるから。バイデンは認知症よ」
世論調査によっては、国民の過半数が「バイデンは認知症だと思う」と答えている。
女性は「disgusting(むかつく)」「disgusted(うんざりする)」という言葉を10回以上、繰り返した。時々、感情が昂って声が大きくなると、道ゆく人たちが私たちに怪訝な視線を送る。
「声が大きいかも」と私が何度か口を挟むと、「そうなのよ。娘にもよく、街中では発言に気をつけて、って言われるの」という。
彼女は話しながら、「あなた、私の写真を撮ってないわよね」「私が話していることを、録音していないわよね」と何度も私に確認した。
「見ず知らずの人にこんなことをしゃべったなんて夫に話したら、大変なことになるわ。夫がトランプを支持しているなんてことがわかったら、キャリアも何もかも、今まで築いてきたものをすべて失ってしまう」
別れ際、この女性の連絡先を知りたかった。でも、彼女は躊躇した。
「代わりにあなたの電話番号を教えて。必ず、連絡するわ。カフェでコーヒーでも飲みましょう」と言った。
彼女はこれまで溜まっていたものをすべて吐き出すように、思いの丈を一気に私に話した。きっと夫以外に、本音を話せる人はいないのだろう。
彼女は私に話してしまったことを、後悔しているのではないかと思う。
「心配しないで」と伝えたいけれど、おそらくもう、彼女から連絡はないだろう。
次回のこの連載では、トランプ氏とともに勝利を手に入れるまで戦い続けようと燃える「ファイター」たちの声を伝える。
首都ワシントンでは、11月14日昼、トランプ支持者が全国から駆けつけ、大集会が行われた。私も前日からワシントン入りし、数多くの支持者たちと出会っている。
ブルー(民主党)のワシントンが今、真っ赤(共和党)に染まっている。(随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。