「トランプ支持がわかったら、何もかも失ってしまう」
彼女は、ニューヨーク市内で生まれ育った。
「この国を愛しているし、ニューヨークが大好きだったけれど、もう我慢がならない。この街に住む人たち、頭がどうかしているわ」と憤る。
「当たり前のように、私がトランプを嫌っていると思って、会話が始まるのよ。自分たちとは違う意見を持つ人がいると、想像できないの? だから私、友達には『バイデンに投票した』って言うの。そうしないと変人扱いされるし、バイデンの悪口を言えるから。バイデンは認知症よ」
世論調査によっては、国民の過半数が「バイデンは認知症だと思う」と答えている。
女性は「disgusting(むかつく)」「disgusted(うんざりする)」という言葉を10回以上、繰り返した。時々、感情が昂って声が大きくなると、道ゆく人たちが私たちに怪訝な視線を送る。
「声が大きいかも」と私が何度か口を挟むと、「そうなのよ。娘にもよく、街中では発言に気をつけて、って言われるの」という。
彼女は話しながら、「あなた、私の写真を撮ってないわよね」「私が話していることを、録音していないわよね」と何度も私に確認した。
「見ず知らずの人にこんなことをしゃべったなんて夫に話したら、大変なことになるわ。夫がトランプを支持しているなんてことがわかったら、キャリアも何もかも、今まで築いてきたものをすべて失ってしまう」
別れ際、この女性の連絡先を知りたかった。でも、彼女は躊躇した。
「代わりにあなたの電話番号を教えて。必ず、連絡するわ。カフェでコーヒーでも飲みましょう」と言った。
彼女はこれまで溜まっていたものをすべて吐き出すように、思いの丈を一気に私に話した。きっと夫以外に、本音を話せる人はいないのだろう。
彼女は私に話してしまったことを、後悔しているのではないかと思う。
「心配しないで」と伝えたいけれど、おそらくもう、彼女から連絡はないだろう。
次回のこの連載では、トランプ氏とともに勝利を手に入れるまで戦い続けようと燃える「ファイター」たちの声を伝える。
首都ワシントンでは、11月14日昼、トランプ支持者が全国から駆けつけ、大集会が行われた。私も前日からワシントン入りし、数多くの支持者たちと出会っている。
ブルー(民主党)のワシントンが今、真っ赤(共和党)に染まっている。(随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。